大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

仙台高等裁判所秋田支部 昭和56年(ネ)65号 判決 1985年3月26日

目次

当事者の表示

主文

事実

第一当事者の求める裁判

第二当事者双方の主張

(控訴人ら)

一石油業界の体質

1 石油製品の生産量と価格との関係

2 石油製品の価格の決定について

二勧告審決の拘束力と事実上の推定について

1 拘束力について

2 事実上の推定の程度について

3 事実上の推定の対象について

三昭和四八年度下期の生産調整について

四価格カルテルについて

1 民生用灯油と工業用灯油の区分

2 昭和四八年一月及び同年二月の各価格カルテルについて

3 昭和四八年一〇月の価格カルテルについて

4 昭和四八年一二月の価格カルテルについて

5 「工業用灯油」のカルテルの影響について

五カルテルと控訴人らの損害との相当因果関係

1 因果関係の存在の立証

2 鶴岡生協における組合員購入価格の変動とカルテルとの相当因果関係について

(一) 現金購入価格の上昇とカルテルとの因果関係

(二) 共同購入価格の上昇とカルテルとの因果関係

3 鶴岡生協以外の小売店等から購入した控訴人らの損害との因果関係

六生産調整と控訴人らの損害との相当因果関係

1 生産・価格両カルテルの相乗作用

2 鶴岡生協以外の小売店等から購入した控訴人らの損害との因果関係

3 鶴岡生協から購入した控訴人らの損害との因果関係

(一) 昭和四八年一〇月二〇日以前の購入者

(二) 昭和四八年一〇月二一日以降の購入者

(被控訴人ら)

一「石油業界の体質」についての反論

二「勧告審決の拘束力と事実上の推定について」に対する反論

三「昭和四八年度下期の生産調整について」に対する反論

四「価格カルテルについて」に対する反論

1 民生用灯油と工業用灯油の区分について

2 民生用灯油についての価格カルテルの存在

3 工業用灯油のカルテルとその影響

五「カルテルと控訴人らの損害との相当因果関係」についての反論

1 損害賠償を請求しうる者の範囲について

2 損害の算定方法について

3 「鶴岡生協における組合員購入価格の変動とカルテルとの相当因果関係」について

4 「鶴岡生協以外の小売店等から購入した控訴人らの損害との因果関係」について

六「生産調整と控訴人らの損害との相当因果関係」についての反論

1 はじめに

2 昭和四七年度下期について

3 昭和四八年度上期について

第三証拠関係<省略>

理由

一 本件訴の適法性について

二 控訴人らの主張する被控訴人らの不法行為

三 被控訴人元売一二社と被控訴人石連について

四 本件生産調整について

1 昭和四七年度下期の生産調整について

2 勧告審決の存在と効力について

(一) 勧告審決の存在とその確定

(二) 勧告審決の効力――事実上の推定力とその及ぶ範囲

3 昭和四八年度上期の生産調整について

4 昭和四八年一〇月分及び同年度下期の生産調整について

5 石油行政と生産調整

――原油処理量の総枠を決定するのは国(通産省)であり、被控訴人石連が行なつた各社配分行為は通産省の依頼に基づく石油業法の執行行為であるとの主張について

6 生産調整の主体――需給常任の性格について

7 各社配分行為の性格

――各社配分行為は各社に生産の目安を与えるものに過ぎないとの主張について

8 独禁法八条一項一号該当性について

9 違法性阻却事由の主張について

(一) 生産調整の歴史的経緯

(二) 本件生産調整と行政指導

10 独禁法の適用除外の主張について

11 まとめ

五 本件価格協定について

1 本件の背景

(一) 原油価格の変動

(二) 本件直前までの我が国業界等の対応

2 本件価格協定の存否について

(一) 本件価格協定の成立

(二) 本件価格協定の対象とされた灯油の範囲について

(三) 被控訴人元売一二社は通産省の設定した指導上限価格の改訂作業に協力したに過ぎないとの主張について

3 被控訴人太陽石油の主張について

4 本件各値上げの実施

(一) 被控訴人日本石油

(二) 同  出光興産

(三) 同  共同石油

(四) 同  シェル石油

(五) 同  丸善石油

(六) 同  三菱石油

(七) 同  ゼネラル石油

(八) 同  大協石油

(九) 同  昭和シェル石油

(一〇) 同  キグナス石油

(一一) 同  九州石油

(一二) 同  太陽石油

5 まとめ

(一) 昭和四八年一月及び二月の値上げ協定について

(二) 昭和四八年八月の値上げ協定について

(三) 昭和四八年一〇月の値上げ協定について

(四) 昭和四八年一二月の値上げ協定について

6 独禁法三条(二条六項)該当性について

(一) 「事業活動の相互拘束」について

(二) 「公共の利益違反」について

(三) 「一定の取引分野における競争の実質的制限」について

7 独禁法の適用除外の主張について

8 超法規的違法性阻却事由の主張について

六 被害者の範囲

七 共同不法行為

1 はじめに

2 被控訴人元売一二社の価格協定

(一) 違法性

(二) 故意

(三) 因果関係――立証責任の分配等について

3 被控訴人元売一二社の価格協定と控訴人らの損害との因果関係

(一) 鶴岡生協関係

(1) はじめに

(2) 鶴岡生協における灯油の供給形態について

イ 四八年一〇月二〇日まで

ロ 四八年一〇月二一日以降

(3) 四八年一月及び二月の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇について

(4) 四八年八月の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇について

イ 四八年九月二一日の現金供給分の改訂(三七〇円価格)について

ロ 四八年一〇月二一日の三六〇円価格(登録分購入価格)について

(5) 四九年一月一一日の三八〇円価格について

(6) まとめ

(二) 一般小売店関係

(1) はじめに

(2) 四八年一月及び二月の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇について

(3) 四八年八月及び一〇月の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇について

(4) 四八年一一月の価格協定の影響について

4 被控訴人石油連盟の生産調整

(一) 違法性

(二) 故意

(三) 因果関係

(1) 昭和四七年度下期の生産調整

(2) 昭和四八年度上期の生産調整

(3) 昭和四八年一〇月及び同年度下期の生産調整

八 損害

1 はじめに

2 損害額の算定方法

3 価格変動要因と価格への影響について

(一) 元売段階について

(1) 原価面からの値上がり要因について

(2) 需給面からの値上がり要因について

(3) 指導上限価格の設定などについて

(二) 流通段階について

(1) 需要の増加、仕入価格の引上げについて

(2) インフレ傾向による諸物価の騰貴、春闘の影響による人件費の増大について

(3) 仮需要の発生について

(4) 指導上限価格の設定について

4 損害額

(一) 鶴岡生協関係

(1) はじめに

(2) 登録による購入分

(3) 現金による購入分

(二) 一般小売店関係

(1) はじめに

(2) 損害額の算定

(三) まとめ

九 むすび

別紙選定者目録<省略>

損害計算表その一<省略>

その二<省略>

なお、本判決で、事実と理由の記載にあたつては、被控訴人昭和シェル石油株式会社については旧商号「昭和石油株式会社」を用いた。

控訴人(選定当事者)

佐藤日出夫

(選定者は別紙選定者目録(一)のとおり<省略>)

外一八名

右控訴人ら訴訟代理人

宮本康昭

上田誠吉

藤本斎

佐々木恭三

田岡浩之

西村昭

関一郎

平岩敬一

脇山弘

脇山淑子

金野和子

塩沢忠昭

深井昭二

山内満

右控訴人ら輔佐人

岩佐恵美

被控訴人

石油連盟

右代表者会長

永山時雄

右訴訟代理人

藤堂裕

寺上泰照

被控訴人

日本石油株式会社

右代表者

建内保興

右訴訟代理人

各務勇

鎌田久仁夫

被控訴人

出光興産株式会社

右代表者

出光昭介

右訴訟代理人

梶原正雄

江口英彦

被控訴人

共同石油株式会社

右代表者

大堀弘

右訴訟代理人

吉田太郎

堤淳一

安田彪

被控訴人

三菱石油株式会社

右代表者

馬淵辰郎

右訴訟代理人

日沖憲郎

田中慎介

久野盈雄

今井壮太

被控訴人

丸善石油株式会社

右代表者

嶋正彦

右訴訟代理人

佐野隆雄

近藤良紹

釜萢正孝

右訴訟復代理人

矢野真之

被控訴人

シェル石油株式会社

右代表者

ダブリュー・ジェー・ミンジンガ

右訴訟代理人

竹内誠

山田尚

藤井正博

被控訴人

大協石油株式会社

右代表者

中山善郎

右訴訟代理人

樋口俊二

相良有一郎

下島正

伊藤恵子

被控訴人

ゼネラル石油株式会社

右代表者

鈴木勲

右訴訟代理人

高津幸一

馬填東作

右訴訟復代理人

高橋一郎

被控訴人

昭和シェル石油株式会社

(旧商号 昭和石油株式会社)

右代表者

大北一夫

右訴訟代理人

梶谷玄

梶谷剛

田邊雅延

被控訴人

キグナス石油株式会社

右代表者

加納修一

右訴訟代理人

井本台吉

沼辺喜郎

長野法夫

宮島康弘

熊谷俊紀

布施健吉

富田純司

被控訴人

九州石油株式会社

右代表者

伊藤繁樹

右訴訟代理人

輿石睦

松澤與市

寺村温雄

被控訴人

太陽石油株式会社

右代表者

青木繁良

右訴訟代理人

八木良夫

梅沢良雄

澤田隆義

主文

第一  原判決中、被控訴人石油連盟を除くその余の被控訴人らに関する部分を次のとおり変更する。

1  被控訴人日本石油株式会社、同出光興産株式会社、同共同石油株式会社、同三菱石油株式会社、同丸善石油株式会社、同シェル石油株式会社、同大協石油株式会社、同ゼネラル石油株式会社、同昭和シェル石油株式会社、同キグナス石油株式会社、同九州石油株式会社、同太陽石油株式会社は、連帯して、別紙選定者目録(一)ないし(一七)記載の選定者ら及び控訴人小林竹吉、同砂田慎蔵に対し、別紙計算表その一、その二の各人(各選定者目録中訴訟承継した人に対しては被承継人名で記載の分)に対応する損害額欄記載の各金員並びに同計算表その一の整理番号一ないし三三九、同計算表その二の整理番号一ないし二四の各損害額欄記載の各金員に対する被控訴人大協石油株式会社、同ゼネラル石油株式会社、同キグナス石油株式会社についてはいずれも昭和四九年一二月一一日から、被控訴人日本石油株式会社、同出光興産株式会社、同共同石油株式会社、同三菱石油株式会社、同シェル石油株式会社、同昭和シェル石油株式会社、同太陽石油株式会社については、いずれも同年同月一二日から、被控訴人九州石油株式会社については同年同月一三日から、被控訴人丸善石油株式会社については同年同月一四日から各完済まで年五分の割合による金員、同計算表その一の整理番号三四〇ないし一五八一、同計算表その二の整理番号二五ないし五三の各損害額欄記載の各金員に対する昭和五〇年二月二五日から各完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2  控訴人小林竹吉、同砂田慎蔵を除くその余の控訴人(選定当事者)らの、被控訴人石油連盟を除くその余の被控訴人らに対するその余の請求をいずれも棄却する

第二  控訴人らの被控訴人石油連盟に対する本件控訴を棄却する。

第三  訴訟費用は、控訴人らと被控訴人石油連盟との間の控訴費用は控訴人らの負担とし、控訴人らと被控訴人石油連盟を除くその余の被控訴人らとの間においては第一、二審を通じて控訴人らに生じた費用の二分の一を被控訴人石油連盟を除くその余の被控訴人らの連帯負担とし、その余の費用は各自の負担とする。

第四  この判決は第一項の1に限り仮に執行することができる。

事実

第一控訴人ら代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは連帯して別紙選定者目録(一)ないし(一七)記載の選定者ら及び控訴人小林竹吉、同砂田慎蔵に対し、原判決添付別紙損害計算書(一)、(二)の各人(各選定者目録中、訴訟承継した人に対しては被承継人名で記載されている分。但し同(一)については整理番号八八、一二五、一八〇、一九四、三一三、同(二)については整理番号一四、一三一、一九九、二〇七、二一二、四七四、五〇二、五一六、五六八、六七三、七八七、八七八、一〇〇一、一〇〇二、一二六三を除く。)に対応する差額(損害額)欄記載の各金員並びに同損害計算書(一)の各差額(損害額)欄記載の各金員に対する被控訴人大協石油株式会社、同ゼネラル石油株式会社、同キグナス石油株式会社についてはいずれも昭和四九年一二月一一日から、被控訴人石油連盟、同日本石油株式会社、同出光興産株式会社、同共同石油株式会社、同三菱石油株式会社、同シェル石油株式会社、同昭和石油株式会社、同太陽石油株式会社についてはいずれも同年同月一二日から、被控訴人九州石油株式会社については同年同月一三日から、被控訴人丸善石油株式会社については同年同月一四日から各完済まで年五分の割合による金員、同損害計算書(二)の各差額(損害額)欄記載の各金員に対する昭和五〇年二月二五日から各完済まで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、被控訴人ら代理人は、「本件控訴をいずれも棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

以下、控訴人ら及びその選定者らを「控訴人ら」と総称し、被控訴人各社については「株式会社」を省略して記すほか、以下原則として左記略語表のとおり略称を用いる。なお年月の年号は「昭和」であるが、特に必要のない限り「昭和」の年号の記載は省略する。

略語表

頁数

行数

B10

5

元売業社

元売業者

15

12

機会して

機会として

25

与えられ実質国民総生産

与えられた実質国民総生産

28

2~3

九四、八七千kℓ

九四、八七九千kℓ

57

3

昭和四八年三月まで

昭和四八年三月から

82

5

価税

価格

152

6

供給量とし

供給量として

166

2

正当な行為は

正当な行為には

174

その直後の

その直接の

242

3

中東について

中東についで

256

6

民生灯油

民生用灯油

12

被告元一二社

被告元売一二社

被告

原告

258

1

アポロ月山鶴岡生協に対する

アポロ月山の鶴岡生協に対する

279

4

それ以上の

それ以外の

286

5

市況が悪化供給確保のうえに

市況が悪化して供給確保のうえに

295

1?2

同四四六年一月

同四六年一月

297

8

多数行制官庁

多数行政官庁

314

12

一貫

一環

323

3

いわなければならなず

いわなければならず

略語表

略称 正式名称

通産省 通商産業省

通産大臣 通商産業大臣

公取委 公正取引委員会

独禁法 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律

石連 石油連盟

鶴岡生協 鶴岡生活協同組合

オペック 石油輸出国機構

オアペック アラブ石油輸出国機構

第二当事者双方の主張は、次のとおり附加、補充するほか、原判決事実摘示のとおり(但し次の正誤表のとおり訂正する。)であるから、ここにこれを引用する。

(控訴人ら)

一石油業界の体質

1 石油製品の生産量と価格との関係

石油製品の品質は、通産省の規格基準によつて決められているので、各社とも同一品種の製品を生産している。従つて製品の価格は、市場に製品が過剰に供給されている場合には安い価格の方に引き寄せられ、逆に供給不足の場合には高い価格に並ぶということはよく知られている。たとえば五六年春以降、石油業界の経営状態が悪化して「危機的」状況にあるといわれたが、その最大の原因は、日本経済の不況と石油製品の過度の値上げによつて石油需要が減退したため、生産過剰の状態となつて在庫量が増加し、採算のとれない会社が石油製品の値上げを望んでも値上げが実現できないことにあつた。そこで通商省は、石油製品の供給過剰による「値崩れ」対策として石油業界に対し、同年七月から九月までの間一五パーセントの生産削減を指導したが、その効果は直ちにあらわれ価格は急上昇を続けている。右のように石油製品の量と価格とは密接に関係している。

それ故石油製品の価格引上げや価格の維持のためには生産量や販売量を減少させることが必要であり、たとえ価格の引上げを図る、いわゆる闇協定があつても、供給過剰の状態の下ではダンピングが起るので、その効果をあげるため生産量の削減と闇協定を同時に行なうのである。

本件の四八年春の価格引上げは灯油がまだ必要とされていた寒い地域に品不足の状態を人為的に作り出したうえで行なつたものであり、同年秋には「中東危機」を理由として原油の輸入量不足を宣伝しながら「先取り値上げ」を業界間の闇協定を通して行なつたものである。

2 石油製品の価格の決定について

石油製品は、原油という一つの原材料から精製という工程を経て異種の製品が作り出される連産品であり、製品の個々の原価の計算ができないため全体の総平均原価を市場価格や需給関係によつて割り振るという形をとつている。このような石油製品の平均原価はあつても個別原価がないから、闇協定や行政指導による条件づくりをすることによつて価格操作を自由にすることができるのである。

二勧告審決の拘束力と事実上の推定について

1 公取委は、独禁法違反の行為があるとき、同法八章二節及び公正取引委員会の審査及び審判に関する規則(以下単に「規則」という。)二章の定める手続に従つてその違反行為を排除するために必要な措置を命ずるのであるが、この排除命令が「審決」の実体である。

この独禁法における審決は、公取委が法定事項につき、法定手続を経て行なうもので、内容的には私的独占・不当な取引制限その他の違反行為の認定と、それに対する必要な排除措置命令により成つている。

右の違反行為の認定については、公取委が、一般人からの報告、検事総長の通知、または職権により事件の端緒に接した場合、同委員会が自ら調査に当り、または審査官を指定してこれに当らせるが、この調査(審査)が終了したとき、公取委は、(イ)不問処分、(ロ)勧告、(ハ)審判開始決定のいずれかの措置をとることとなる。

右の(ロ)およびの(ハ)手続を行う場合は、いずれも、公取委が「違反行為があると認めること」が、大前提であり(法四八条一項、同四九条)、勧告の場合であれ、審判開始決定を行う場合であれ、「違反行為の認定」の実質において何らの差異は存在しない。すなわち調査の結果、審判にたえうるに足りる十分な証拠に基づき違反行為が認定されない限り、審判開始決定は勿論、勧告も行わず、また行いえないことは法の趣旨により明らかな所である。

すなわち、審決の形態をとる排除措置命令は、独禁法違反行為を排除するための必要措置であつて、審決の種類いかんを問わず、公取委による違反行為の事実認定に基づいて命じられるものである。

勧告審決も含めて各審決について、共通にいえることは、公取委の事実認定に基づいて排除措置命令がだされていることであつて、異なるのは、相手方がそれを争つたかどうかによつて審決にいたる手続が異なるだけである。この手続の違いや、審決の形態によつて、その効力に差異をもたらすいわれはない。

さらに、公取委の勧告が違反行為の存在を前提とするものである以上、勧告の応諾は、直接的には勧告の主文の認諾であるが、その前提である勧告書記載の違反事実と法の適用をも争わない意思の表明であり、被勧告人の自由な意思で違反行為の存在を率直に受けとめ、法の目的に服そうとするものである。

従つて、審判審決に認められている独禁法八〇条に定める実質的証拠法則と同様の効果は、本件の如き、被控訴人らの独禁法違反に基づく損害賠償請求事件についても及ぶものと言うことができる。

2 また勧告応諾の事実によつて独禁法違反行為の存在が事実上推定されるものとした場合、その推定力の程度は審判審決のそれと異なるものではない。すなわち事実上の推定とは、個々の訴訟において裁判官が経験則に準拠して間接事実の有する証明力により要証事実を推認するものであるが、その場合の心証の程度は直接証拠による認定と比較して少しも違うものではなく、しかも直接証明の場合、補助事実による証明力の厳しいテストの結果、信用に値する直接証拠のみが心証の基礎となり得る如く、事実上の推定の場合も信頼に値する経験法則だけが事実上の推定を可能ならしめ、この経験法則が信頼に値するかどうかはそれに伴う例外が稀有な事情であるかどうかによつて決定されるものであるところ、本件において事実上の推定の基礎となる間接事実は公取委が認定した独禁法違反の事実であつて、右違反事実が前記のような手続を経て認定されるものであるうえ、法自体がこれに特有の権威を附与していることなどからすれば、勧告審決といえども、その有する事実上の推定力は経験則上きわめて程度の高いものであつて、その証明力は審決の種類によつて異なるいわれはない筈である。

3 次に公取委の審決の存在によつて独禁法違反行為に対する事実上の推定が働く場合、その事実上の推定の対象となるものは、単に審決書の主文で破棄を命じられた違反事実に対する事実欄記載の違反事実のみに限定されるべきものではなく、審決書記載の主文、事実及び法令の適用の総体から考察されるべきものである。

審決書主文に記載される排除措置命令は公取委が独禁法違反行為によつてもたらされた違法状態を除去し、公正かつ自由な競争秩序を回復するという、その行政目的の実現のために同委員会の合理的な裁量によつてその必要にして最少限度の措置をとることを命じたものであるにすぎないし、特に本件の如く独禁法違反の価格及び生産調整カルテルが短期間に繰り返えされ、それが順次積み重ねられて実施されているような場合には、これら一連のカルテルによつてもたらされた違法状態を除去し、公正かつ自由な競争秩序を回復するため、それぞれの最終決定の破棄を命じ、これにあわせて取扱数量や販売価格等について一定の期間公取委に報告することを命じ、将来の共同行為を禁ずるなどするのが通常で、本件の場合にも各審決主文にほぼ右の各措置が命じられている。かかる場合、被控訴人らが行なつた違法行為は単に各審決主文で破棄を命じられた協定に対応する違法行為のみではなく、その前提となりその最終協定に至るまでの間に締結された協定並びに実施されたすべての協定が本件での違反行為であることは論を俟たず、従つて本件において事実上の推定の対象となるものは、各審決の事実欄記載の全事実ということになる。

三昭和四八年度下期の生産調整について

被控訴人石連が四八年一〇月上旬頃に決定した四八年度下期における会員に対する原油処理量の配分は四七年度下期及び四八年度上期の場合と同様に実効性をもつて実施されたものであつて、その頃我が国がいわゆる石油危機の事態を迎え、政府がこの事態に対応すべく石油業界に対し積極的に指導を行なつた事実は右の決定及びその実施の事実を何ら否定するものではない。むしろ右の「石油危機」と呼ばれた事態は石油製品の生産、価格両面におけるカルテルを実施し、その実効をあげるための絶好の機会でもあつた。

なお原審において控訴人らは被控訴人石連が四八年一〇月分の原油処理についても原判決添付別表三のとおりの配分決定をした旨主張していたが、原判決はこの点についての判断を欠いている。

四価格カルテルについて

1 民生用灯油と工業用灯油の区分

被控訴人ら及び通産省は四八年八月頃まで、灯油を「民生用灯油」と「工業用灯油」とに二分することはなかつた。被控訴人元売一二社は各社毎に「家庭用」、「民生用」、「産業用」、「工業用」など種々の用語で呼び、各社毎の元売仕切体系を作つていたのであり、通産省も同年八月頃まで「灯油」、「白灯油」、「家庭用灯油」などの用語を使用していたにすぎなかつた。従つて四六、七年頃から石油業界の一部に「民生用灯油」、「工業用灯油」の呼称を慣行的に使用していた元売会社があつたとしても、その内容は明確ではなく、まして同業界内で統一的に明確な定義のもとに右の呼称が使用されていた事実はなかつたので、右の区分により価格カルテルを締結することは不可能であつた。

ところが四八年八月頃から通産省が「民生用灯油」について具体的な定義をすることなく、「民生用灯油」の値上げ抑制の行政指導をなし、かつ同年一〇月からは「民生用灯油」の元売仕切価格を凍結したため、被控訴人元売一二社は四八年一〇月以降灯油を「民生用灯油」と「工業用灯油」とに分けてカルテルを締結する体裁をとつた。しかしながらもともと両者の区分は明確でなかつたので、カルテルの対象を「工業用灯油」に限定することは不可能であつた。そこでそのカルテルは必然的に灯油全体に及ぶことになつた。

2 昭和四八年一月及び同年二月の各価格カルテルについて

石油製品は品質、形状が同一であるため、価格で競争する以外に販路を拡大する方法がないが、被控訴人元売一二社の精製能力が販売能力を上回つていたため、長期にわたり慢性的な供給過剰の状態にあり、いわゆる業転玉が出回るなどして安売り競争が行なわれていた。

このため被控訴人元売一二社は従来から価格カルテルを常習的に行なうことによつて自由競争のもたらす低価格を回避してきた。このような石油業界のカルテル体質は、公取委が摘発したカルテルの中で、石油業界の行なつたカルテルが四五年度には四四件中一六件、四六年度には三七件中八件、四七年度には三〇件中二件、四八年度には六〇件中一七件を占めているという数字の上に如実にあらわれている。

これを灯油についてみると、四六年三月当時、被控訴人元売一二社の元売仕切価格の平均は一キロリットル当り一万二〇八一円であつたものがその後下落し、同年一〇月通産省により右価格を指導上限価格とする行政指導が行なわれた際には、同被控訴人らの平均元売仕切価格は右指導上限価格を約五〇〇円下回つていた(原判決添付別表二〇)。

通産省による右指導上限価格の設定は実際には下落傾向にある灯油価格を下支えして安定供給を図ろうとしたものであつたが、それにもかかわらず、その後も灯油価格は下落の一途を辿り、四七年三月には九二四六円という数年来の最安値を記録するに至つた。その原因が灯油の供給過剰とこれに伴う被控訴人元売一二社の熾烈な販売競争にあつたことはいうまでもない。

このような状況を打開するために被控訴人らは被控訴人石連を中心に生産調整等を積極的に行ない、需給のバランスを図ろうとしていたが、価格の低迷はその後も続き、通産省が業界に対し一キロリットル当り一万二〇八一円までの値上げを無条件で認めるという、いわばお墨付を与えていたにもかかわらず、四七年一二月当時の被控訴人元売一二社の平均元売仕切価格は右の指導上限を一〇〇〇円ないし一五〇〇円下回つていた。

ところで本件の四八年一、二月の値上げカルテルが締結された四七年一二月から四八年一月にかけて石油業界では相次ぐ原油価格の値上げ、とりわけテヘラン協定やリヤド協定(事業参加協定)による原油価格の値上がり分をいかにして製品価格に転嫁するかということが最大の関心事であつた。しかるに灯油の供給過剰状態は四八年二月までの三年越しの暖冬も一因となつて一向に改善されず、被控訴人元売一二社の販売競争も激しく、指導上限価格が存在するのに同被控訴人らともそれを下回る額で元売仕切価格を決定するという状況が続いていた。同被控訴人らが個別に元売仕切価格を値上げすることは販売先を失なうことにつながり容易にこれをなし得なかつたことから、同被控訴人らは四八年一月及び二月の価格カルテルを締結し、その結果として灯油を含む石油製品全体の価格を一斉に値上げしたのである。

他油種の値上がりは右の価格カルテルによりもたらされたものであるが、灯油についてだけは同被控訴人らの個別の値上げによるもので価格カルテルとは無関係であるとの考え方があるが、これら灯油が石油製品の売上高及び利益の中でもガソリンとともに最高順位に位置する主要製品であり、しかもその価格は長期にわたつて低迷状態にあつたもので、被控訴人元売一二社にとつて特に値上げすべき必要性が存していたという事実を無視するものである。そもそも灯油について個別的に値上げすることが可能であるならば、他の油種についても公取委の監視の目を意識しつつ価格カルテルを締結する必要などは全くなく、同被控訴人らが個別に値上げを行なえばよい筈である。

3 昭和四八年一〇月の価格カルテルについて

四八年一〇月の価格カルテルは同年八月の価格カルテルと一体となりこれを補完して同じく同年六月比で一キロリットル当り一〇〇〇円の値上げを達成しようとするものであるから、同年九月中に元売仕切価格の値上げを実現した元売会社やその支店、営業所に関してはその後値下げが行われた事実のない限り、右の値上げによつて四八年一〇月の価格カルテルの内容が実施され、その後は価格維持カルテルとしての実効性を有することになつているのである。従つて民生用灯油の元売仕切価格が同年九月末価格で凍結されたとしても、その時期と値上げの時期の先後によつて本件価格カルテルの実施の有無を定めるのは無意味であつて、民生用元売仕切価格凍結の値上げが維持されている限り、四八年一〇月の価格カルテルは価格維持カルテルとして実施されているものである。

4 昭和四八年一二月の価格カルテルについて

四八年一〇月以降の値上げ協定は表面上「民生用灯油」と「工業用灯油」とを区別してなされているようにみえるが、右は通産省により「民生用灯油」の元売仕切価格を四八年九月末で凍結するとの行政指導がなされたため、表面上は「工業用灯油」のカルテルの形をとりながら、真実は灯油全体についてカルテルを締結したものにすぎない。このことは本件カルテルが通産省も関与した官民一体のカルテルがあつた実態をみれば明らかであるし、灯油の性質上「工業用」と「民生用」とを区別してカルテルを締結することは有り得ないことからも明白である。

5 「工業用灯油」のカルテルの影響について

仮に石油業界において四七年末頃には、「民生用灯油」と「工業用灯油」の区分がなされており、四八年一、二月及び一二月の価格カルテルにおいては「民生用灯油」がカルテルの直接の対象とされていなかつたとしても、当時の需給関係の下では、同一品質の石油製品でもともと区分があいまいであつた「民生用」、「工業用」の各灯油が元売会社及び流通段階での流用等によつて共に高騰し、灯油全体の価格を上昇させることを被控訴人元売一二社が予測し、又は予測し得たものであるから、同被控訴人らの右カルテル及びその実施と控訴人らが灯油の購人に際して蒙つた損害との間には因果関係が存しているものといわなければならない。

五カルテルと控訴人らの損害との相当因果関係

1 本件訴訟における因果関係については、損害賠償制度における実質的な公平の実現という観点からみて、基本的には被控訴人らの生産カルテル・価格カルテルの締結と実施、控訴人らの購入した灯油の値上がりを証明すれば、因果関係の存在を肯定されるべきものと解される。

すなわち本件訴訟のように被害者が製品の生産、販売に全く関与しうる立場にない反面、加害者が製品の生産、販売をしており流通経路までも支配する商人である場合、一方が「闇カルテル」によつて価格を引き上げたことが明らかで、他方が加害行為が一因となつて損害を蒙つていることが証明されれば、不法行為における因果関係は証明されたと解するのが損害賠償制度の正当な解釈であるといわなければならない。

独禁法が「闇カルテル」を経済犯罪として禁止し、被害者に対して東京高等裁判所を第一審として損害賠償を請求すべきものとしているのは、「闇カルテル」はそれがなされれば経済社会に大きな波及効果を与えることが明らかであるとともに、「闇カルテル」を可能とする経済構造は複雑になつており(特に生産カルテル、元売業者の価格カルテルに至つては、流通経路までも取り込まなければカルテルの効果を生ぜしめない。)、「闇カルテル」の事実や効果を細部にわたつて被害者が証明することが困難であることを前提にしているのであつて、民法における損害賠償請求訴訟においても右の趣旨は異なるものではない。してみれば、加害者が「闇カルテルの締結と実施」という経済犯罪をなしたことが証明されればその効果が消費者に及ぶことは公知の事実に近い経験則と考えられ、被控訴人らにおいて、細部にわたりカルテルの影響の全くないことを証明したとき、はじめて因果関係が否定されることになる。

右のとおり元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇の事実のみが明らかになれば、因果関係の存在は推定されるものというべきであるが、仮に右の理論をとらないとしても、カルテルによる価格引上げが小売価格に及ぼす影響は単純なものではないから、長期的、大局的にみて価格カルテルの時期以後に卸売価格や小売価格の上昇傾向(価格維持カルテルの場合にあつては価格下落の抑止傾向)がみられるときは、それは価格カルテルに起因するものと判定すべきであり、これらはカルテルと相当因果関係のある値上がりというべきである。

2 鶴岡生協における組合員購入価格の変動とカルテルとの相当因果関係について

(一) 現金購入価格の上昇とカルテルとの因果関係

(1) 鶴岡生協では四五年頃から組合員が共同購入する灯油について株式会社アポロ月山(四五年以前は前身東邦石油鶴岡営業所)との間に年間取引契約を結ぶ一方、組合員から共同購入の予約をとり、予約した組合員に対しては予め灯油券を購入させ一定の期間内随時灯油券と引換えに灯油の配達を受けることができるものとしていた。

四七年一〇月一四日、鶴岡生協と株式会社アポロ月山との間に締結された同年九月二一日から向う一年間の取引契約は、灯油一ドラムすなわち二〇〇リットルの卸売価格が、三二〇〇ドラムまでは二七〇〇円、三二〇〇ドラムを越え五〇〇〇ドラムまでは二七六〇円というものであり、一方灯油券(一一枚綴りで、一枚につき一八リットル入り灯油一缶の配達を受けるもの。)の価格は、第一次予約分(七月二〇日締切)が二七八〇円(一缶二五二円)、第二次予約分(九月二〇日締切)が二九〇〇円(同二六四円)、第三次予約分(一〇月二〇日締切)が三〇〇〇円(同二七三円)、第四次予約分(一〇月二一日以降)が三〇八〇円(同二八〇円)であり、その有効期間は四八年九月三〇日までとなつていたが、同生協ではこの年は同年一〇月二〇日までその使用を認めた。

(2) この当時鶴岡生協では右の予約をしない組合員に対しても、その注文に応じて灯油の配達を行なつていたが、この場合灯油を購入した組合員は毎月末日までにその所属する班を通じて灯油代金を支払うことになつていた。この予約をしない現金購入の場合における灯油購入価格が、四七年一〇月から二八〇円、四八年三月二一日から三二〇円、同年七月二一日から三五〇円、同年九月二一日から三七〇円(いずれも灯油一缶につき)に上昇したのである。

(3) 従つて四七年九月二一日から四八年一〇月二〇日までの間は、灯油の配達を受けた期間が同じであつても、組合員が予約により購入した場合と現金で購入した場合とでは灯油の価格が異なつており、予約した組合員は四八年一〇月二〇日まで一缶二八〇円以下で灯油を購入することができたものである。

従つて予約により購入した場合においてはその価格が二八〇円以下であつたため、本訴ではその都度現金で購入した組合員だけが損害賠償請求をしているのである。

(4) ところで前記現金購入価格の上昇についてみると、まず鶴岡生協では四八年三月末日頃、同月二一日に遡つてそれまで二八〇円であつた現金購入価格を三二〇円に引き上げたが、これは四八年三月中旬前記アポロ月山から灯油が入荷せず、カルテルによつて深刻な灯油不足の状態が出現した際に、緊急導入等により灯油の調達に要した経費を補填するために行なつたものであり、次に同年七月二一日以降の現金購入価格を三五〇円に引上げたのは、前記アポロ月山が元売仕切価格の値上げを理由に卸売価格の引上げを要求し、現金供給分に限つてこれに応じたことによるものであつたし、四八年九月二一日以降現金購入価格を三七〇円に引上げたのも、数次のカルテルによる値上げに対応するためやむを得ずとられた措置であつて、すべてカルテルと相当因果関係のあるものである。

(二) 共同購入価格の上昇とカルテルとの因果関係

(1) 鶴岡生協では四八年一〇月二一日以降供給する灯油については同年八月頃から登録運動を行ない、灯油購入を希望する組合員に予め希望する数量を登録させ、この登録数量に応じて発行する灯油券との引換えで灯油を配達する方法をとつた。この方式は予約による共同購入に類似するが、登録をした組合員は灯油券の発行を受ける際に予めその代金を一括払するものではなく、配達を受けた数量に対しその月毎に灯油代金を支払うものである。

なおこの年鶴岡生協では登録しなかつた組合員に対しては灯油の供給を行なわなかつた。

従つて四八年一〇月二一日以降購入した灯油について損害賠償請求をしている控訴人らは全員登録して灯油券の発行を受けているものである。

(2) 鶴岡生協ではこの時期の灯油価格については、灯油を同生協の運動商品として位置づけ、従来一般商品同様粗利益を計上していたのを改め、仕入価格に実費(灯油取扱直接経費)のみを加算して一八リットル当り三六〇円と決定した。

右の価格は、前記アポロ月山の卸売価格が元売仕切価格の引上げを理由として、四八年一〇月一日に遡つて一キロリットル当り一万八五〇〇円(配達料込み)に引き上げられたことに対応して決定されたものである。

右のとおり鶴岡生協では前年度一八リットル二八〇円以下であつた灯油共同購入価格をここに至つて三六〇円に改訂せざるを得なくなつたのであるから、その差額は八月の価格カルテルと因果関係のある損害である。

なお右共同購入価格は、四九年一月一一日以降三八〇円に上昇した後、同年二月一一日からもとの三六〇円に戻つたが、これは四八年一二月になつて前記アポロ月山から一二月分の予定数量の一部を納品できない旨言われ、この不足分の補充のため予想されるコスト増に対応すべく、一旦は一八リットル当り二〇円の値上げをしたのであるが、その後アポロ月山から予定数量全部の納品がなされ不足分補充の必要がなくなつたことから、もとの三六〇円価格に戻されたことによるもので、これらもすべて被控訴人らのカルテルによつて惹き起された事態である。

3 鶴岡生協以外の小売店等から購入した控訴人らの損害との因果関係

仮に価格カルテルと控訴人らの蒙つた損害との因果関係の存在について、小売店の仕入価格の上昇が小売価格の上昇をもたらしたことの主張立証を要すると解するにしても、鶴岡生協以外の小売店等から灯油を購入した控訴人らのうち、前記アポロ月山から直接灯油を購入した選定者須田美代蔵(原判決添付別紙損害計算書(一)整理番号三五七)及び同板垣圭子(同(二)整理番号一二六八)の両名については、右アポロ月山における四八年八月六日以降の仕入価格の上昇が同年一〇月一日以降の販売価格の上昇をもたらしているので、同日以降の購入価格の上昇と八月の価格カルテルとの間には因果関係があるものということができる。

六生産調整と控訴人らの損害との相当因果関係

1 生産・価格両カルテルの相乗作用

被控訴人石連及び同元売一二社は、業界をあげて石油製品の値上げを実現するために、生産カルテルと価格カルテルを行なつたのである。石油製品が市場に十分に供給されている状態のもとで、各製品の品質に差異のない石油製品の価格を引き上げることは困難である。元売仕切価格の値上げを実現するためには、市場に供給されている製品の量を減少させ、市況を「堅調」にしておかなければならず、そのためには石油製品の生産を制限しなければならない。しかし石油製品の生産を制限することは、直ちに石油精製装置の稼働率の低下をもたらし、それが利益の低下につながるおそれがあるから精製各社の判断により自ら生産を制限することは困難である。そこでカルテルによつて精製全社を拘束する協定を結び、これによつて生産の制限を実現することになるのである(これが原油処理量の制限という形で実施される。)。生産カルテルは市場における石油製品の流通量を抑制し、市場価格の上昇または維持をもたらすから、カルテルによつて生産量を極度に制限すれば、生産カルテルだけでも市場価格のかなりの高騰をもたらすことは可能である。しかし著しい生産量の制限は需要者や世論の反発を招き、社会問題化することが必至であり、何よりも販売量を減らすことになつて自らの首をしめることになるので、業界としては余り顕著な生産制限はできない。そこで生産調整に価格カルテルをからませて値上げを確実に実現しようとする。このような事情のもとで石油製品の価格上昇を実現するために、その相乗的作用に期待して、被控訴人らは本件生産・価格カルテルを連続して行なつたもので、本件生産カルテルと価格カルテルはまさに一体のものとして締結、実施され、また実効をもたらしたものである。

また生産調整によつて、小売段階に出回る石油製品の流通量が需要に比して相対的に少なくなると小売価格は上昇するのであるから、生産調整は元売仕切価格や卸売価格の引上げを経由しなくても、直接小売価格を引き上げる働きをする。

2 鶴岡生協以外の小売店等から購入した控訴人らの損害との因果関係

山形地区における灯油の小売価格水準は、原判決別表二〇のとおり四七年一二月の二七八円から一貫して上昇の途をたどつているが、これはまさに右に述べた生産調整の影響であり、実効である。

そして鶴岡生協以外の小売店等から購入した控訴人らの購入価格は右の価格水準とほぼ動向を一にしている。

よつて右の控訴人らが四八年三月から四九年三月までの間に購入した灯油の価格は、価格カルテルによる元売仕切価格引上げの有無にかかわらず、本件生産調整の影響によつても引き上げられたものであり、四七年度下期の生産調整が実効を現わす直前である四七年一二月における価格水準と右控訴人らの現実購入価格との差額は、本件生産調整と因果関係のある損害である。

昭和

年月

山形地区

における

小売価格水準

現金で購入し

た控訴人らの

購入価格

47.12

278

280

48.1

278

2

298

3

323

(21日以降)

320

4

378

5

390

6

390

7

390

(21日以降)

350

8

395

9

395

(21日以降)

370

10

400

(一八リットル一缶の価格)

3 鶴岡生協から購入した控訴人らの損害との因果関係

(一) 昭和四八年一〇月二〇日以前の購入者

鶴岡生協では、当時灯油についてはなるべく予約による共同購入によつて、できるだけ安く組合員に灯油を提供する方針となり、他方現金でその都度購入する組合員に対しては市場価格より若干安い価格で灯油を供給した。

現金によつて灯油を購入した控訴人らの現実の購入価格と山形地区における当時の小売価格水準を比較すると左のとおりとなる。

右のように鶴岡生協から四八年一〇月二〇日以前に現金で灯油を購入した控訴人らは、鶴岡生協以外の小売店等から購入した控訴人らと同様、生産調整による供給量の引締めによつて直接小売価格への影響を受ける立場にあつたから、その現実の購入価格と四七年一二月における価格水準との差額は、本件昭和四七年度下期及び同四八年度上期の生産調整と因果関係ある損害である。

(二) 昭和四八年一〇月二一日以降の購入者

四七年度下期、四八年度上期、四八年一〇月分についての生産調整は、四八年一月、二月、八月及び一〇月の各価格カルテルを可能ならしめ、その実効性を保障し、小売価格水準を引き上げるとともに、四八年一〇月一日以降の前記アポロ月山から鶴岡生協に対する卸売価格の引上げをもたらし、それが同年一〇月二一日以降に鶴岡生協から登録によつて灯油を購入した控訴人らに一八リットル一缶当り三六〇円という購入価格をもたらした。また四八年度下期の生産調整は、右各生産調整の実効を引き継ぎ、それと相俟つて同年一一月以降に灯油を購入した控訴人らの購入価格の維持に加功した。

よつて本件各生産調整は、実効性を重畳的に補強しながら、四八年一〇月二一日以降に鶴岡生協から灯油を購入した控訴人らに、それぞれ請求金額のとおりの損害をもたらしたものであり、本件生産調整と控訴人らの損害との間には相当因果関係がある。

(被控訴人ら)

一「石油業界の体質」についての反論

1 現在、わが国の一次エネルギー供給において石油は七〇パーセント強を占めており、今後を展望した場合も、現状とそう変らない状態が続くものと考えられる。しかるに、国際石油情勢は、その先行きが年と共に不透明の度を増しており、長期的にみて供給不安と価格上昇は依然として続くものと推察されている。わが国の石油業界は、今後さほど需要の増大が期待できない見通しのもとで、一方において石油製品需要の軽質化に対応するための設備投資を進め、他方では、国民経済・国民生活にとつて重要な石油の安定供給を維持するという重大な社会的責任を負つているのである。

従つて、将来において最も重要な基幹産業の一翼を担う石油業界が、以下に記すような深刻な経営危機に直面しているのは、わが国経済、国民生活、延いては今後の総合的安全保障にとつて極めて憂慮すべき事態である。通産省の調べによると、石油元売・精製主要一四社(一二月期決算会社も含む。)の経常利益は、五六年一月より三月は割安なサウジアラビア原油を手当しているいわゆるアラムコ系会社は利益を計上しているものの非アラムコ系は既に赤字、四月より六月は双方とも赤字、七月より九月は赤字がさらに増え、昭和五六年上期(四月より九月)には合計四、七〇〇億円と史上最高の赤字になると見込まれている。このままで推移すれば石油業界は、原油高、製品安、円安および石油消費の大幅減少という最近における情勢の急変によつて未曽有の経営危機に陥らざるを得ない。

しかしながら、重要なこととしてその基盤には、永年にわたつて形成された石油業界の脆弱な体質という根深い構造的問題が横たわつていることである。

2 ところで、このような石油業界の経営の行き詰まりが何故発生したかについては次の点を挙げることができる。

(一) 石油需要構造の急変

まず、最大の要因は、石油の需要が大幅に減退したことにある。四八年の第一次石油危機以降のわが国の経済活動を反映するIIP(鉱工業生産指数)、GNP(総国民総生産)とエネルギー石油消費の推移は次に示す日本エネルギー経済研究所作成の図1のとおりとされている。

五一年までGNPの伸び率とほぼ同様な動きをみせたエネルギー消費も五二年では離れ始め、五三年以降大きく乖離するようになつた。次いで第二次石油危機の発生した五四年からは、エネルギー、特に石油(とりわけ重油)の消費は鈍化あるいは減少しているにも拘らずGNPとIIPは順調な伸びを示している。特に五五年度の実質GNPは五パーセント増加したのに対して石油消費は一〇パーセント減少している。エネルギー(とりわけ石油)消費の伸びと経済活動の増加には相関関係がみられなくなつてきている。これらの新しい現象は「省エネ」(エネルギーの消費節約および消費効率の向上)と呼ばれている。このことは既に一般に顕著な事実となつている。

このような急激な石油消費の減退は五六年度に入つても続いており、石油燃料油需要は、前年同月比で四月が10.2パーセント減、五月が20.6パーセント減となつている。

また、需要減退を反映して石油製品価格も低迷を続けている。

(二) 為替相場の変動

次に指摘されるのは円為替の変動である。アメリカの高金利政策を反映したドルの急騰による円安の発生が、円建て輸入原油代金の上昇をきたしている。円が一円安くなれば一キロリットル当り二八〇円のコスト高となる。年間需要量を約二億キロリットルとして計算すると一日当りでは一億五、三〇〇万円、一年間では五六〇億円の欠損となる。五六年に入つての円安傾向は輸入石油に九九パーセントを依存するわが国石油業界のコストを一挙に増大させている。

(三) 巨額な金利負担

次に問題となる石油業界経営不振の要因は過重な金利負担である。わが国石油業界は収益の源泉といわれる原油生産部門を持たずして、構造的に自己資本比率の低い借金体質にあつて、極めて脆弱な財務体質で推移してきている。この自己資本比率を比較的業績の良かつた昭和五四年度で比べても石油業界は僅か5.4パーセントで、製造業平均の19.5パーセントの三割程度である。業績悪化が伝えられる紙パルプ業界でも13.8パーセント、繊維業界でも22.7パーセントであり、石油化学業界の10.7パーセントに比べても半分に過ぎない。特に、この自己資本比率の低さは、石油需要減退下の石油在庫の増加によつて、金利負担を急増させている。高価格化した原油であつても国の安全保障としての石油備蓄政策によつて九〇日分は確保しなければならないため、これを放出して金利負担を軽減する訳にはいかない。また、需要が落ちたからといつて既契約の原油を産油国に向けてキャンセルすれば、将来の安定供給に支障が生じるため、当面は不要であつても借金を増やしてタンカーに備蓄しているのが現在の実情である。

(四) 強力な政府介入

次に無視できない経営悪化の要因には、石油業法と強力な行政指導を背景とする政府の市場価格への介入がある。この行政介入によつて、外圧であるオペック原油価格の値上げが国内石油製品価格に適切に反映されず、そのまま石油業界の内部負担に帰せられている。

四六年以降のオペック原油価格値上げ攻勢に伴うコストアップは政府の了承なくして国内石油製品価格に転嫁できなかつたのであるが、そのほかにも昭和四九年度の値上げ幅の圧縮、五〇年一二月のガソリン高・重油安に見られる極端に傾斜した石油製品価格バランス、五五年における国会や石油需要期における政策的配慮からの値上げの了承の遅れなど石油業界の財務体質を疲弊させる政策介入の事例は少なくない。

(五) 苛酷不合理な租税負担

さらに無視できない要因として巨額な租税負担がある。道路財源として増徴が繰り返されたガソリン税や軽油税等を合わせた石油諸税の総額は二兆九、七〇〇億円に達し、国税収入のなかで7.5パーセントを占め、所得税、法人税に次いで第三順位の収入項目になつている(五六年度予算)。原油段階で負担する関税と石油税や既述の二税の他に、石油ガス税、航空燃料税等の六種類の諸税が多段階にわたつて課せられている。石油ガス税及び航空燃料税を除きこれらは石油業界が納税義務者になつており、他の主要産業に例のない規模となつて石油業界のコスト負担を増して経営を圧迫している。

(六) 民族系会社と外資系会社の企業格差

さらに、他の主要産業には見られない石油業界の特色として民族系会社と外資系会社との企業格差の存在を指摘することができる。

かつてオペック諸国を中心に大量の原油を保有していた外資系石油会社は、その販路を拡大すべく日本を含めて熾烈な販売競争を展開した時期があつた。当時は石油が低廉に安定供給され、日本経済の高度成長が続いた時代であり、わが国の石油会社は原油入手をメジャーと云われる外資系石油会社の豊かな供給力に依存してきた。

ところが、五四年の第二次石油危機は、原油価格の高騰のみならず、原油のメジャー供給ルートの縮少という石油供給構造の変化を引き起したが、原油調達をメジャーからのスポット契約に依存してきた民族系石油会社の多くは、原油確保の脆弱性を露呈することになつた。

また、最近のオペック諸国の分裂した価格政策によつて価格の安いサウジ原油に依存する割合の高い石油会社とそうでない石油会社とでは入手原油コストに大きな格差が生じる、という新たな事態が発生し、企業間格差を一層増大させる要因になつている。

(七) 極度に低い収益力

こうした諸要因が重なつて、わが国石油業界の脆弱な経営体質が形成された。この事実を具体的数字で表わせば、売上高経常利益率は石油業界の収益が比較的良好であつた五四年度においても、一般製造業の平均が4.4パーセントであるのに比較し、石油業界は僅か1.3パーセントにしか過ぎない。他の年次をみても一貫して利益率は低い水準にある。

また、石油業界の五四年度の売上高は、二〇兆円を超す巨大産業の外観を呈しているものの、被控訴人石連に加盟する元売・精製二九社の総利益額は二、七三七億円であるが、新日鉄は一社のみで一、八二三億円であり、トヨタ自工も一社で一、九八三億円を計上している。参考までに五三年度についてみれば、被控訴人石連加盟二九社で六九二億円の利益に対して、トヨタ自工一社のみで一、九八八億円の利益が記録されている。このように石油会社の利益は、他の産業に比しても極めて少いことがわかる。

3 このような状況のもとで我が国の石油業界は石油の安定供給及びコスト節減のため種々の努力をしており、そのために次のような莫大な資金負担を強いられている現状にある。

(一) 原油探鉱、石炭等代替エネルギー開発

自主開発原油比率を高めていこうとする国の方針にも沿つて、石油会社も直接・間接に原油探鉱・開発、石炭等代替エネルギーの探鉱開発を行なつている。しかしながら、これらの活動を進めるにあたつては厖大な投資を要し、一部政府資金をも導入してはいるが、石油会社自体の資金で賄わなくてはならず、特に、危険率の高い探鉱投資は借入れに頼ると経営の土台そのものをゆるがせる可能性もあるわけで、是非とも自己資本の充実が必要である。

(二) 経済協力

原油を安定的に輸入したり、原油探鉱の権利を獲得するためには、いろいろな形での産油国に対する経済協力も必要であり、サウジアラビアに対するメタノール・石化プロジェクトの推進協力、メキシコに対する鉄鋼プロジェクト協力をはじめ多くの経済協力にわが国の石油各社も直接・間接に参加している。

(三) 需要に合わせた製品生産の実現

石油製品の軽質化指向に伴い、中間三品(灯油・軽油・A重油)の比率が高まるという需要構造となつており、生産面ではより精密な蒸留をしたり、また、できるだけ軽質原油を輸入して、これに対応する努力を続けている。しかし、今後、これ以上の中間三品の需要が相対的に脹らんでくると、新たに重質油分解装置が中間留分増産のため必要となり、既に具体的検討に入つている会社もあるが、この装置もまた厖大な投資額を要する。

(四) 安全・公害対策

精製・販売等の設備投資を行なつているなかでとりわけ安全・公害対策のための設備にも力を入れており、四六年度から五五年度まで一〇年間で総額三兆四、〇〇〇億円の設備投資のうち七、三〇〇億円(21.5パーセント)が公害防止・安全対策のための投資である。

4 このように石油業界は国民生活にとつて重要な石油の安定供給を維持する社会的責任を果たすべく厖大な資金を負担しているのであるから、コストアップ分をすべて企業の努力により企業内に吸収し得べきことなどはとうてい不可能で、コストアップ分を製品価格に転嫁しなければ、石油企業は存立していかないのである。

二「勧告審決の拘束力と事実上の推定について」に対する反論

1 法の建前からは独禁法違反行為を認定し、それに対し違反者に排除措置をとることを命ずる手続は審判審決によることが原則である。このことは違反者に法的強制力をもつて強いるのには行政行為の分野においても裁判手続に準じた証拠裁判主義に則り、争訟手続によつてなされるべきとの趣旨に出ずるものであることはいうまでもないが、他方、同意審決は被審人が違反事実を自認して、当該違反行為を排除するため自ら採るべき具体的措置に関する計画書を提出した場合において、違反事実を自認しているのにその場合においてまで時間と労力を使つて審判手続を敢行し、かつ審判審決をする必要はないとして同意審決の形式で排除措置の法的強制力を担保しようとする趣意に出たものであり、審判手続の刑事訴訟法におけるいわば略式手続といつてよいともいえる。

これに対し、勧告審決は、違反事実の認定を要件としていないのみならず、勧告を受けた名宛人が公取委から勧告された排除措置を採ることを応諾するにとどまり、公取委が違反事実とする名宛人の当該行為について、その違反行為の存在を自認したうえ応諾することが要求されておらず全然要件とされていないのである。

独禁法上、審判審決が原則とされているのであるが、それにもかかわらず、独禁法施行以来勧告審決がその大部分を占めることは公知の事実である。このことは、違反事実の存在が勧告審決にも認められるために、その簡易迅速さという便宜上の理由から例外が原則になつたものではなく、ひとえに、勧告を受けた名宛人が違反事実を認めてという意識よりは、事業者たる立場から、多大の時間、労力、費用をかけての審判手続により、その立場を弁明し、争うの煩を避けるための目的からに過ぎないのである。

このような勧告審決の成り立ちと機構上の問題点、制度上の趣旨に鑑みれば、事実上の推定力の問題も含め、勧告審決に独禁法八〇条一項による拘束力を認めるべきであるとの見解には左袒し難いのである。

なお独禁法八〇条はその一項で公取委の認定した事実に拘束力を認めているが、公取委の認定した事実に拘束力が認められるのは同法七七条一項によつて認められた審決取消訴訟が提起された場合である。勧告審決にあつては違反事実を確定するものではないから、拘束力を云々するのは無意味である。

2 また勧告審決の事実摘示は、違反事実の認定ではなく、勧告書に記載された事実の転記であり、まして応諾行為は違反事実の自認を要件として要求されていないこと、また勧告審決に事実摘示することを規則上要求されている所似のものは排除すべき措置を特定するためのものに過ぎない。右のとおり主文に対応する事実についてさえその程度の意味しか認められていないのであるから、ましてそれ以外の事実記載があつたからといつてそれにまで事実上の推定力を認めるわけにはいかないのである。

三「昭和四八年度下期の生産調整について」に対する反論

四八年度下期は生産調整は行われていなかつた。四八年一二月頃において石油業界一般は事態の先行きに対して非常な危機感をもつていたので、このような状況の下では極端な過剰生産を防止するための生産調整はこれを実施する基盤が消失していたものである。

まして四八年一〇月分の暫定配分なるものが仮にあつたとしても、後記のとおりそもそも各社配分という行為自体、控訴人ら主張の損害の原因事実となりうるものではないのみならず、一つの期のうちの一ケ月の配分というが如きことは、最終的には通期の中に吸収され、いわば帳尻が合えばよいのであつて、いかなる意味でもその一ケ月の生産量、販売量に対して制約を生ずるようなものではないし、四八年度下期自体前記のとおり特殊な状況において推移したのであるから、控訴人ら主張のいわゆる損害とは関わり合いのないものであることは明らかである。

四「価格カルテルについて」に対する反論

1 民生用灯油と工業用灯油の区分について

四六年四月、石油業界がオペックの第一次ないし第三次攻勢による値上がりに対応するため、原油のコストアップ分を製品価格に転嫁せんとした際、通産省は価格抑制の行政指導をなし、特に一般消費者保護のため、一般消費者に直結する灯油についてはコストアップ分の製品の価格転嫁を認めず、工業用灯油についてだけ一〇〇〇円の範囲内で価格転嫁を認めたのである。右一般消費者に直結する灯油なるものは一般家庭の暖房、厨房用燃料を意味するものであり、石油業界ではこれを「民生用」または「家庭用」と称していたのである。そして通産省は、この一般消費者に直結する灯油については継続して価格抑制の行政指導をなし、被控訴人元売一二社も右行政指導に従つて灯油を販売してきたものである。このように一般消費者に直結する灯油と工業用灯油とは判然と区別されていたものであり、通産省側と石油業界において認識のずれはなかつたのである。

その後四八年一一月に至り、通産省は家庭用灯油の量的確保のため、その範囲を確定する必要があり、一般消費者の生活の用に供される灯油、すなわち家庭用燃料としての灯油と同様な消費態様、取引態様を有する小口業務用灯油を家庭用灯油に入れ、その価格を家庭用灯油と同価格とする旨指導することにより、家庭用灯油の範囲を若干拡大したのであるが、この取扱いは従来の民生用灯油とほとんど変わらない区分を前提としたものであつた。

2 民生用灯油についての価格カルテルの存在

石油業界は、四六年二月から通産省の指導により、その承認を得なければ原油の値上がりを石油製品価格に転嫁することを許されず、元売仕切価格を自由に値上げすることはできなくなつた。本件五回の値上げも、コスト転嫁の値上げであるから、通産省の了承を得なければ許されなかつたことが明らかである。

通産省は、四六年秋以降民生用灯油の価格を凍結する指導はしたが、値上げを了承したことなどはないとしている。しかし、そもそも石油業界に対する通産省の行政指導は石油業法上の許認可権を背景として、石油製品の生産、価格の両面にわたり担当官が口頭をもつてする指示による場合が多く、通産省は四七年四月以後の石油製品の値上げについても、専ら担当官が口頭で業界を指導したのであつて、その自主的決定に委ねたのではないのである。

四六年四月の行政指導により油種別元売仕切上限価格が設定されたため、その後は、石油業界が原油値上がりなどのコストアップ分を計算し油種別展開案を通産省担当官に説明し了承を得る(その了承が得られない場合は修正したり凍結する。)方式によりガイドラインが改訂されるようになつたが、この方式から本件五回の値上げを業界の自主的な決定とみるのは、余りにも外観に目を奪われ実態を看過するものである。石油製品価格の値上げ幅と値上げの実施時期とは、政府が産業政策、物価対策、民生対策に沿い、且つ民族系石油会社を保護育成し、石油製品の安定且つ低廉な供給を図るという政策目的を達成するため通産省が決定したのであつて、石油業界が独自に決定したのではない。石油製品の値上げについては、通産省の行政指導が文書によらず口頭の指示をもつて行なわれるのであるから、まず業界に値上げ案を作成させるという方式が慣行となつていたことが理解されなければならないのである。

被控訴人元売一二社には、本件五回の値上げについて元売仕切価格を引き上げるため協定した事実がなく、もちろん価格カルテルにより八月値上げを実施したという事実もない。

四八年八月の値上げは、通産省担当官が家庭用灯油を含む中間三品の値上げを必要と認め、四六年四月から凍結していた家庭用灯油の元売仕切上限価格一キロリットル当り一万二〇八一円に対し一〇〇〇円の幅による値上げを許すと共に、その値上げ実施時期を四八年八月一日以降と指定したので、石油業界はこの指示に従つたものである。

3 工業用灯油のカルテルとその影響

工業用灯油の価格の引き上げが民生用灯油の価格の高騰をもたらすなどということは、民生用灯油元売仕切価格及び小売価格が通産省により凍結されていたこと及び被控訴人元売一二社が、仕向先に応じ明瞭にこれらを区分し販売してきたことから、全く起り得ないことであつたから、被控訴人元売一二社は、工業用灯油の価格引上げが灯油全体の価格を上昇させるなどということは全く予想し得る筈もなかつたのである。

五「カルテルと控訴人らの損害との相当因果関係」についての反論

1 損害賠償を請求しうる者の範囲について

(一) 独禁法違反行為による不法行為の成立の可能性を承認するとしても、その「被害者」は法の定め(従つてまた公取委の排除措置)によつて保護される当該市場の構成員に限定されることは疑う余地がない。「私的独占」、「不当な取引制限」、「不公正な取引方法」の「被害者」とはそれぞれの具体的行為の構成要件上被害者となるものを指称するのであり、例えば「不公正な取引方法」の一つとされる不当取引拒絶についていえば、取引を拒絶された者が「被害者」なのであつて、取引を拒絶された者の債権者、取引を拒絶された会社の株主、取引を拒絶された者からの転売を期待していた者(債権者とさえいえない者)等は不当取引拒絶の「被害者」ではない。

同じく「不公正な取引方法」とされる差別対価についていえば、不利な対価での取引を余儀なくされた者と、当該行為のために取引の機会を失つた競争者が「被害者」であり、再販売価格維持行為の「被害者」は維持された再販売価格での取引を余儀なくされた者である。同様に、「不当な取引制限」の「被害者」とは当該取引分野に参入していた取引の相手方に限られその転得者は含まれないのである。

このように、独禁法の各違反行為にはそれぞれ構成要件上の被害者があり、その者だけが損害賠償請求権を行使できるのである。

本件において、控訴人らは「不当な取引制限」による被害者であると自称しているが、控訴人らは独禁法の定め(或は公取委の排除措置)によつて保護された市場の構成員であつたとは考えられないし、そのような主張もなされていない。石油元売の市場に参入していたのは石油元売会社と特約店等であつて、一般の小口消費者が参入していた可能性のなかつたことは明らかである。

(二) 我が国の学説の多数は独禁法違反行為の「被害者」には「一般消費者」も含まれるとしている。これは競争関係にある「事業者」だけが「被害者」ではないこと、を述べ、あわせて米国の反トラスト法が「営業または財産」の損害に対してだけ損害賠償を認めていることとの対比においてそのように述べているのであつて、所項記載の法理に反対しているものとは到底解せられないばかりか、前項記載の法理は当然のこととして表記していないものと解される。

事業者でない一般の消費者にも損害賠償請求権が認められていると解せられることの結果、小売業者のカルテルがあつた場合には消費者は自らが購入した商品の売主たる小売業者に対して損害賠償を請求できるし、末端小売価格についての再販売価格維持行為があつた場合にも消費者は自らが購入した商品の製造業者等(再販売価格維持行為をした者)に対して損害賠償を請求できるのである。学説はいずれもこのことを述べているのである。

(三) 米国の判例においても、違反行為者からみて間接的関係にしかない転得者には損害賠償を請求できる地位がないことが認められている。これは事業者であるか消費者であるかとは関係がない。

その例外は、①違反者と取引の相手方との間に再販売価格維持契約がある場合の再販売の相手方、②違反者の取引の相手方との間に、取引の相手方に生じたコスト増をそのまま転嫁させて買受ける約定をしている再販売の相手方が挙げられるにとどまり(これらの場合には取引の相手方には損害が生じない。)、このような事情がない限り、転得者には損害賠償請求権は認められない(City and County of Denver v. American Oil Company,53 F.R.D. 620(D. Colorado,1971))。

連邦最高裁判所も一九七七年六月九日の判決でこの法理を承認し(Illinois Brick Company v. State of Illinois,97S. Ct. 2061)、「直接的購入者だけが損害賠償を請求できる」と判示した。事案はコンクリート・ブロックの製造業者に反トラスト法違反行為があつたとして、建築請負人らを経てその商品を購入したと主張するイリノイ州他七〇〇の地方公共団体が損害賠償を請求していたものであつて、イリノイ州らは損害賠償を請求できる地位にはないと明確に判断したのである。もし転得者の請求を許容すると、直接の取引の相手方からの損害賠償請求とあわせて二重の損害賠償が請求されることとなり、経済秩序や裁判が混乱するであろうこともその一つの理由としている。

このイリノイ・ブリック事件判決は判例として重要なものであり、その後下級審は勿論これに従つている。本件と同様に昭和四九年にニューヨークの家主達がアラムコ等一一の大手石油供給業者を相手取り、共謀して家庭暖房用燃料油の価格協定を行つたとして訴を起こしていた事件についても、昭和五五年一月一〇日にニューヨーク東部連邦地方裁判所は、卸売業者、小売業者を経た間接購入者には請求権がないとし、特に間接購入者と中間業者の契約に、①コストの全額を自動的に転嫁する規定があり、②価格のいかんに拘らず定められた量の購入をする規定がある場合は例外であるが、このような事情のない当該事件では請求権はないとして、その余の点を判断することなく棄却している。

(Lefrak v. Arabian American Oil Co., 487 F. Supp. 808(1980))。

2 損害の算定方法について

独禁法違反行為に基づく損害賠償の対象となる損害は、商品の購入者については、違反行為がなければ、当該当事者間に形成されたであろう適正価格と現実の購入価格との差額である。

カルテル事案について、カルテルがなければ形成されたであろう適正価格を推認し損害を算定する方法として米国で実用されている方法は前後比較法(長期比較法)、同時比較法、コスト分析法であるといわれる。前後比較法(長期比較法)とはカルテルの前後の価格とカルテル中の価格を比較するもので、カルテルがなければ形成されたであろう適正価格はカルテルの前後の価格から経済の変化を巨視的にのみ把えて求めるのである。前後比較法(長期比較法)は、自らの購入価格の長期にわたる変動からカルテルがなければ、形成されたであろう適正価格を推認する方法であり、自らの購入価格でない他人の前後の購入価格と比較しても意味がない。同時比較法はカルテル外の企業の同時期の価格と比較するもので、本件において被控訴人らにカルテルがあつたとするならアウトサイダーのエッソ・スタンダード石油株式会社やモービル石油株式会社の価格と比較することになる。カルテル外の国からの輸入価格との比較や他のエネルギーとの比較もこの手法の一形態である。コスト分析法とは例えばコスト上昇を超えた値上がりがあつたか等の方法でコストとの対比をするものである。

本件において控訴人らの主張する「カルテル」(実際には通産省による価格抑制)がなかつたならば存したであろう前後比較法上の価格は、「カルテル」の前の価格と後の価格をなだらかに結んだ曲線ということになるが、これは原油価格の高騰とも概ね一致するものとなる。現実の購入価格は「カルテル」の前の価格と後の価格をなだらかに結んだ曲線より下にあるから「損害」などはありえない。もし控訴人らが損害の実在を主張するならば、現実の購入価格が前記曲線より上にあたることを主張、立証せねばならない。しかも、本件の控訴人らと被控訴人らとの間には直接の取引関係はないから、仮りに、万一直接の購入者以外の者に損害賠償請求権を認めるとしても、控訴人らとしては元売価格と小売価格、およびその中間の卸売価格が全く同じ型の変動をしたことをも主張立証しなければならないことはいうまでもない。

カルテルに関連し現実に存在する価格は控訴人ら主張にかかる①カルテル直前価格、③カルテル価格のみならず、③カルテル終了後の価格である。しかして、価格上昇がカルテルによつてのみもたらされるものであるならば、カルテル終了によりその上昇要因は除去されたのであるから、当然のことながら、その価格は値下がりしカルテル直前価格となる筈である。要するに、控訴人らの主張する如く価格の前後比較のみによつて損害を算定すべしという単純な損害論に依拠する場合は、直前価格とカルテル価格を主張するだけでは足らず、カルテル終了後価格(実際には通産省による価格抑制解除後の価格)も値下がりし直前価格にほぼ等しくなつていることを主張するのでなければ、その損害に関する要件事実を尽したことにはならない。

3 「鶴岡生協における組合員購入価格の変動とカルテルとの相当因果関係」について

控訴人らは、四七年一〇月当時一八リットル二八〇円で予約した灯油価格が四八年一〇月二一日以降三六〇円に改訂されたので、その差額八〇円は八月価格カルテルと因果関係のある損害であると主張しているが、控訴人らの所論は、経済原則を無視した空論であつて、全く理由がない。

すなわち、四八年一〇月から鶴岡生協に対する家庭用灯油の卸売価格が改訂されたのは同年八月一六日の元売仕切価格の改訂を加味したもののようであるが、かえつて鶴岡生協の組合員に対する小売価格は一八リットル当り三七〇円から三六〇円に低下している。四七年一〇月当時一八リットル当り二八〇円であつた小売価格がいずれも配達料込みで、四八年三月下旬頃から三二〇円に、同年七月下旬頃から三五〇円に、同年九月下旬には三七〇円に各上昇したのは、

(ア) 日本の経済が予想以上に早く立ち直り景気回復が進んだこと。

(イ) 公害問題の発生により急激な油種転換が進み灯油の需要が予想以上に増大したこと。

(ウ) 戻り寒波の襲来、輸送の混乱渋滞により仮需要が増加し鶴岡地方などに局地的、一時的な灯油不足が生じたこと。

(エ) 卸売店、小売店における人件費、事務費が増大したこと。

など経済原則による当然の結果であつて、控訴人らが主張するような価格カルテルによるものではない。

4 「鶴岡生協以外の小売店等から購入した控訴人らの損害との因果関係」について

控訴人らは前記アポロ月山から灯油を購入した選定者須田美代蔵及び同板垣圭子の両名については損害の発生が認められるべきである旨主張するが、右アポロ月山の家庭用灯油小売価格の変動も前記経済原則に基づく当然の結果であつて控訴人らが主張する如く価格カルテルによるものではない。しかも右須田美代蔵及び板垣圭子の灯油購入価格は、配達料(アポロ月山が四八年一〇月から鶴岡生協の負担とすることを協定した配達料は一リットルにつき三円三〇銭、一八リットル当り五九円四〇銭である。)込みであるから、配達料六〇円ないし七〇円を差し引くと、通産省が四八年一一月二八日民生用(家庭用)灯油の小売価格を店頭渡し、容器代別で一八リットル当り三八〇円とするよう指示した行政指導価格以下であり、決して不当な価格ではないのである。

六「生産調整と控訴人らの損害との相当因果関係」についての反論

1 控訴人らが本件のいわゆる生産調整と控訴人らが負つたと称する損害との因果関係として主張するところは、被控訴人石連が右生産調整によつて石油製品の需給関係をタイトにして、灯油価格の引上げを可能にする原因を作出したというにある。そしてその主張する具体的事実としては同被控訴人が石油製品の内需数量を殊更過少に想定したこと、並びに各社配分にあたつて前期に割当てを超過して処理しているところについてはその超過処理分を調整していることにある如くである。しかし右主張は控訴人らが主張する因果関係の存否について論ずるより以前に、そもそも事実の認識において誤りを犯しているばかりでなく、石油業法所定の石油供給計画制度のもとにおける法的需給調整機構という最大の条件に対する着眼を忘れたものである。

2 昭和四七年度下期について

控訴人らは、通産省が四七年度下期の需給計画を策定する過程で想定した内需予測数量に対し、被控訴人石連がこれより一〇〇万キロリットル少くみて、これを基礎に各社配分をした点に控訴人らが購入した灯油価格高騰の一つの原因がある旨主張するようであるが、四七年度下期の需給計画策定に当つて、通産省は灯油の内需(本土分。以下同じ。)予測として三五万キロリットル積増しをし、その分だけ需要予測を大きく見て、それに対する供給を期待していた。これに対して被控訴人石連は何らの操作も加えていない。内需予測で一〇〇万キロリットル少なく想定したというのは灯油についてではなく、ナフサ及び重油という産業用製品についてであつて、控訴人らが購入した灯油とは何のかかわりもない油種である。従つて同期の原油処理量の総枠の決定と配分(実際にはさらに別枠の原油処理量が追加されている。)によつて同期の灯油の需給が殊更逼迫したという実態のものではない。しかもたとえ総枠としての原油処理量の制約があつたとしても、各社配分の際には各社の灯油の生産数量についての調整までは行なつていない。灯油を含めて各油種の生産量は市場の需要動向に即して各社の自主的な判断で決定されるものであつて、その量の選択の幅は原油の種類の選択と得率の調整(「スイング・フラクション」)により相当大幅に変わりうるものであるから、原油処理量の総枠があることによつて直ちに灯油価格に影響を与えるような生産抑制につながるものではない。

右のとおりであるから、四七年度下期、とりわけ四八年二、三月期の灯油需給の逼迫と四七年度下期の生産調整との間には相当因果関係の存在を認めることはできないのである。

3 昭和四八年度上期について

控訴人らは被控訴人石連が四八年度上期の供給計画の前提である灯油、あるいは中間留分の需要予測を実際より低く見積つたので、通産省の行なつたその後の中間留分の増産指導にもかかわらず灯油市況が堅調に推移し、これが灯油価格上昇の原因となつたと主張する。しかし同期における当初の供給計画は同年四月末頃には実態に合わないものとなつて放棄され、通産省の指導のもとに中間三品の月々の出荷状況をにらみながら、同期を通じて中間留分の大幅増産が継続され、その結果同期末(九月末)には史上空前の灯油在庫量五五〇万九〇〇〇キロリットルを持ち越すことになつたのであるから、灯油の生産量を低く抑えて控訴人らに損害を負わせた旨の右主張はあたらない。

事実は四八年度上期を通じて各社ともほぼ能力一杯の灯油生産を行なつたのである。

また控訴人らは前記の超過処理の調整が生産、販売競争の抑制であるかのように主張するところ、これはいわゆる過不足調整を指すものと思われるのであるが、これについても控訴人らの認識には誤りがあるものといわなければならない。その理由は次のとおりである。

本件のいわゆる生産調整は、政府が策定する石油供給計画を実現し、これに合わせた供給体制を実現するための手法である。わが国の石油精製会社が全体として需要に見合つた石油製品の供給体制を組み、供給が過大または過少とならないように調整しようとするのが石油業法であり、石油供給計画制度である。そのために、石油製品の供給総量において石油供給計画に合致させる必要があるので、石油業界においては、古くから、これが原油処理量の策定という間接的な方法によつて行なわれてきたのである。もとよりこれを厳格に行なうためには、各油種ごとの生産調整がなされなければならないであろうが、それは行なわれていない。各社配分は、さきに述べた石油供給計画の実施のために、各社の計画生産の指針として示されるものなのである。石油精製業界は、装置産業であるといわれている。これは装置の稼働率をあげることが企業の収益を維持する基本的な条件であることを意味する。そのために各石油精製会社は、与えられた石油供給計画の範囲内で自社の生産量を増やそうと志向する。全社がこの志向を実現することになれば、それでなくても政策的に過剰設備を与えられている各精製会社は法律に基づく行政が予定する以上の石油製品の生産にはしることになる。これに対して、適正な配分によつて石油供給計画に見合う計画生産をはかろうとするのが各社配分なのである。もとより、企業の行動は、意図的にまたは非意図的にこの計画的生産責任の範囲から逸脱することがある。この場合、これらの企業行動は、石油供給計画制度自体を破壊する。これは、過剰生産を行なつた石油精製会社に対していえると同時に、過少生産しかなしえなかつたそれに対してもいえることである。そして、石油製品の生産は、カレンダー的に期をもつて画せるものではなく、月々日々不断に継続して行なわれているものである。前期の過剰生産は期初の在庫を過剰にし当期の生産を抑制せざるをえない原因となり、過少生産は同在庫の不足を導く。これを放置しておくことは、石油供給計画制度のもとにおける計画生産を果しえず、わが国における石油エネルギーの供給に重大な支障を及ぼすことなのである。そのために、期を通じ、年を通じ更には翌期、翌年それ以上にわたつて、今の策定する石油供給計画を円滑に実施するために、過剰生産を行なつたところであると過少生産にとどまつたところを問わず、各社配分の段階で石油供給計画に準拠した生産に、平等に収斂されるのが過不足調整といわれるものである。従つてそれは、市場に供給される石油製品の量をタイトにするものではない。

以上のように過不足調整によつて控訴人らが購入した灯油の生産、販売量が左右されるものではないのであるから、これが控訴人ら主張の損害の原因事実となるものでないことは明らかである。

第三証拠関係<省略>

理由

一  本件訴の適法性について

被控訴人石連、同日本石油、同出光興産、同共同石油、同三菱石油、同大協石油、同ゼネラル石油、同九州石油は、独禁法違反を理由とする損害賠償請求訴訟は同法二五条に基づき同法所定の手続に従つてのみ認められるべきものであるところ、本件訴は民法七〇九条に基づき提起されたものであるから、いずれも訴訟要件を欠き、不適法として却下されるべきであると主張する。

しかし独禁法二五条に基づく損害賠償請求訴訟は、独禁法違反行為をした事業者に対する損害賠償請求権の行使を容易にさせる目的で特別に設けられた制度であつて、独禁法違反行為によつて損害を被つた者が一般不法行為を理由として民法七〇九条に基づき違反行為をした事業者又は事業者団体に対して、損害賠償請求訴訟を提起することを排斥する趣旨のものではないと解するのが相当である(最高裁判所昭和四七年一一月一六日第一小法廷判決、民集二六巻九号一五七三頁参照)。

従つて、独禁法違反行為によつて損害を被つた者は、審決の確定をまつて独禁法二五条に基づき、同法所定の手続に従い独禁法違反行為をした事業者に対し損害賠償の請求を行ない、あるいは審決及びその確定の有無を問わず、民法七〇九条の一般不法行為の要件を主張、立証することにより違反行為をした事業者又は事業者団体に対し損害賠償請求を行なうことができるものというべきであるから、民法七〇九条に基づき損害賠償を求める控訴人らの本件訴はいずれも適法であつて、これが不適法として訴の却下を求める前記被控訴人らの本案前の主張は採用できない。

二控訴人らの主張は、要するに被控訴人石連が生産調整を行なつて灯油不足の状態を作り出したうえ、被控訴人元売一二社が価格協定を締結して灯油の元売仕切価格を引き上げたため小売価格の上昇がもたらされ、その結果消費者である控訴人らが損害を被つたというものであつて、不法行為に該当する事実として被控訴人石連の生産調整と被控訴人元売一二社の価格協定を主張しているので、以下順次検討する。

三  被控訴人元売一二社と被控訴人石連について

被控訴人元売一二社がそれぞれ肩書住所地に本店を置き、石油製品の販売業を営むものであることは記録上明らかであり、被控訴人元売一二社の石油製品それぞれの販売量の合計がいずれも我が国における当該石油製品の総販売量の大部分を占めていることについては、控訴人らと被控訴人日本石油、同大協石油との間において争いがなく、その余の被控訴人元売会社との間においては<証拠>によりこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

また、被控訴人石連が肩書住所地に事務所を置き、石油の精製業者、石油製品の元売業者並びに精製業及び元売業を兼業している者を会員として、三〇年一一月一日に設立された任意団体であり、会員数は四八年一二月末日現在三一名であつて、被控訴人元売一二社がいずれもその会員であることは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠>によれば、被控訴人石連の各種常設委員会のうち、本件に関係のある委員会としては、需給委員会及び営業委員会があるが、需給委員会は会員各社から推薦される正副各一名の委員により構成され(同委員会の設置及びその構成については争いがない。)、長期及び短期の需給計画に関する事項並びに原油及び石油製品の輸入に関する事項を取り扱うものとされており、その下部組織である需要専門委員会は毎年通産省の依頼を受けて当該年度を含む五ケ年間の石油製品に関する需要予測作業(見直し作業を含む。)を行なつていたこと、一方営業委員会は各元売会社から推薦される正、副各一名の委員によつて構成され、石油製品の販売にかかわる法規制に関する事項、流通機構に関する事項等を取り扱うものであり、その下部組織である重油専門委員会は原油の低硫黄化、低硫黄重油の供給可能量と供給コスト等を調査するため設置されたものであるが、後記テヘラン協定締結の直後頃から原油値上がり額等のコストアップ計算及びその油種別展開等の作業をも担当するようになり、「スタディー・グループ」あるいは「ワーキング・グループ」とも呼ばれていたことの各事実が認められ、これに反する証拠はない。

四  本件生産調整について

控訴人らは、被控訴人石連が昭和四七年度下期、同四八年度上期、同四八年一〇月、同年度下期の四回に会員各社の一般内需用輸入原油処理量を制限する旨の決定をしたと主張し、被控訴人石連はこれを争うので、以下検討する。

1昭和四七年度下期の生産調整について

被控訴人石連需給委員会の下部機構である需要専門委員会が、実質的国民総生産(GNP)の前年度比伸び率8.3パーセントを基礎として四七年度下期の需給見直し作業をしたこと、当時同被控訴人の需給委員会の委員長であつた脇坂泰彦(四四年六月から四八年六月まで在任)らは右需給見直しによる需要予測よりも内需数量を一〇〇万キロリットル少なく見積り、同年度下期の一般内需用輸入原油処理量(以下単に「原油処理量」という。)の総枠を当初九四〇一万二〇〇〇キロリットルとしたこと、右脇坂委員長が需給委員会で提案した各社配分比率が控訴人ら主張のとおりであること、以上の各事実については当事者間に争いがなく、原審証人多々井全二の証言によれば、四七年度下期における原油処理量の総枠は修正を重ねた結果、最終的に九四八七万九〇〇〇キロリットルと決定されたことが認められ、これに反する証拠はない。

右の各事実と弁論の全趣旨によれば、被控訴人石連は四七年一〇月三一日、四七年度下期における会員の原油処理量の合計を九四八七万九〇〇〇キロリットルとし、これを一定の基準から算出された処理比率をもつて原判決別表一のとおり各グループ及び各社に配分する旨の決定をした事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はないので、被控訴人石連は四七年度下期における会員の原油処理につき、右認定どおりの配分比率と原油処理量をもつて生産調整をなしたものと認めるのが相当である。

2勧告審決の存在と効力について

昭和四八年度上期、同年一〇月、同年度下期の生産調整については、公取委の勧告審決以外には、これを裏付けるに足りる証拠はない。

控訴人らは、公取委が被控訴人石連に対し勧告審決を行なつた事実により生産調整の事実が推定されると主張するので、以下まず勧告審決の存在及びその効力について検討を加える。

(一)  勧告審決の存在とその確定

公取委が四九年二月五日、被控訴人石連に対し、同被控訴人が四七年度下期、四八年度上期、同年一〇月分、同年度下期の四回に会員の原油処理量を決定し、これを会員に実施させたとの事実を認定したうえ、同被控訴人の行為は原油処理の分野における競争を実質的に制限するもので独禁法八条一項一号に違反するものとして同法四八条一項に基づき、同被控訴人が四八年一〇月上旬頃行なつた原油処理に関する決定(四八年度下期の生産調整)を破棄するよう等の勧告を行なつたところ、同被控訴人がこれを応諾したので同委員会は四九年二月二二日、同被控訴人に対し右勧告と同趣旨の審決をしたことについては当事者間に争いがなく、同審決が確定していることは弁論の全趣旨により認められる。

(二)  勧告審決の効力―事実上の推定力とその及ぶ範囲

本件は控訴人らが被控訴人石連の独禁法違反行為によつて被害を蒙つたとして一般不法行為を理由に同被控訴人に対し損害賠償の請求を求める事案であるところ、通常の民事訴訟においては独禁法八〇条のような規定が存しないので、審決の種類、確定の有無を問わず、審決に裁判所の事実認定を拘束するいわゆる法的拘束力を認めることはできない。

しかしながら、審決は、専門機関である公取委が審査(調査)あるいは審判の結果、違反行為があるものと認定した場合、その認定事実を前提に行われるものであるから、審決のなされたことをもつて違反事実の存在につき事実上の推定を働かせることができるものと解すべきであり、このことは審判審決(独禁法五四条)、同意審決(同法五三条の三)のみならず、本件のような勧告審決(同法四八条)の場合も同様に解するのが相当である。けだし公取委は審査の結果違反行為の存在を認定した場合、違反行為者に対し適当な措置をとるべきことを勧告し、違反行為者がこれを応諾したときには勧告内容と同趣旨の審決をするものとされている(同法四八条一項、三項、四項)のであつて、勧告審決が勧告の応諾を要件としてなされるものとはいえ、その実質に着目すれば、他の審決と同様、公取委の認定した事実に基礎を置くものといえるし、勧告の応諾は実際上違反行為者において自らの違反行為の存在を認めたうえでこれを行なうのが通常と考えられるからである。

次に右の推定の働く範囲について考えてみると、公取委は審査、審判の結果に基づいて違反行為の存在を認定し、これを前提として違反行為の排除に必要と判断した措置を命ずるものであつて、いずれの審決の場合であつても、審決書にはその主文として右の命ずべき措置の内容を示すほか、事実欄にはその基礎となつた違反行為を記載するものとされている(同法五七条)のであるから、同委員会が審決をなすに際し認定した違反行為の存在は、その審決書主文に直接対応する違反行為のみにとどまらず、当該審決書の記載から明らかに単なる事情として記載されたものを除き、審決書全体を通じて同委員会が認定したものと認められる違反行為のすべてについて事実上の推定が及ぶものということができるのであつて、この理は勧告審決の場合も同様と解すべきである。

してみると勧告審決とその余の審決との間には審決に至る過程の相違により推定の程度に強弱があるにしても、反証のない限り、公取委の審決がなされたことによつて、その認定した違反事実の存在が事実上推定されるものというべきである。

3昭和四八年度上期の生産調整について

公取委が四九年二月二二日被控訴人石連に対し、控訴人ら主張のような勧告審決をなしていることは前記のとおりであつて、<証拠>によれば、同委員会は審査の結果、被控訴人石連が四八年四月九日、同年度上期における会員の原油処理量の合計を八九七六万七〇〇〇キロリットルとし、これを一定の基準から算定された処理比率をもつて原判決別表二のとおり各グループ及び各社に配分する旨の決定をしたとの独禁法違反事実を認定しているのであるから、反証のない限り同年度上期の各グループ及び各社の原油処理については右に認定されたとおりの配分比率と原油処理量をもつて生産調整がなされたものと推定されるところ、右の推定を動かすに足りる証拠はない。

4昭和四八年一〇月分及び同年度下期の生産調整について

公取委が、四九年二月二二日被控訴人石連に対し、控訴人ら主張のような勧告審決をなしていることは前記のとおりであつて、<証拠>によれば同委員会は審査の結果、同被控訴人が同年九月一四日暫定的に同年一〇月分における会員の原油処理について前記処理比率をもつて原判決別表三のとおりの原油処理量を配分する旨の決定をし、さらに同年一〇月上旬頃、同年度下期における会員の原油処理量の合計を一億七三九万九〇〇〇キロリットルとし、これを新たな処理比率をもつて原判決別表四のとおりの原油処理を配分する旨の決定をしたとの独禁法違反事実を認定しているのであるから、反証のない限り同年一〇月分及び同年度下期の各グループ及び各社の原油処理量については右に認定されたとおりの配分比率と原油処理量をもつて生産調整がなされたものと推定されるところ、これに反する前掲証人多々井全二の証言は措信できない。

なるほど<証拠>によれば、四八年一〇月六日第四次中東戦争が勃発したのを契機として同月一六日オアペックが原油の供給削減を発表したため、我が国は原油の供給を従来どおり確保できるかどうか危ぶまれる状態となつたこと、そしてこの緊急事態に対処すべき同年一二月二一日石油需給適正化法が制定されて、同月二二日同法が施行されるに至り、通産省は同法により四九年一月以降三月までの間、毎月の需給予測に基づいて石油製品の供給目標を定めてこれを告示するなど石油業界に対し積極的な指導を行ない石油製品の供給確保に努めたのであるが、通産省はすでに四八年一〇月下旬から同法の成立を前提に右同様の指導態勢をもつて臨んでいたことの各事実が認められるけれども、四八年一〇月分及び同年度下期における原油処理量の各社配分決定はこれより先の同年一〇月上旬までに行なわれていたのであるから、右の事実は前記の推定を動かすに足りるものではなく(後記のとおり右の事実は生産調整の実施に関係する事柄である。)、他に前記推定を動かすに足りる証拠はない。

5石油行政と生産調整

被控訴人石連は、一般内需用輸入原油処理量の処理総量(総枠)は石油業法に基づき、専ら国が決定するものであり、これを各社に配分していた行為は、同法を執行すべき通産省の依頼に基づくもので、同法の運用ないしその執行行為として実施されたものである旨主張するので、以下検討する。

三七年一〇月の原油の輸入自由化に対処するため、同年七月石油業法が施行されたこと、通産省は、同法が需給調整手段として定める石油供給計画の告示、石油精製会社に対する特定設備の許可制等により、石油製品の安定的かつ低廉な供給を確保することを石油行政の基本としたことは当事者間に争いがない。

右石油業法によれば、通産大臣は毎年、当該年次を初年度として五ケ年間の石油供給計画を定めてこれを告示し(三条)、石油精製業者は毎年度石油製品生産計画の届出をなすことを要し、通産大臣は石油供給計画の実施上重大な支障が生じ、又は生ずるおそれがあるものと認める場合には石油精製業者に対し、右生産計画の変更を勧告することができるもの(一〇条一、二項)とされている。そして前記争いのない事実と<証拠>によれば、通産省は石油供給計画(下期における需給計画の見直しも含む。以下同じ。)の策定にあたり、前記需要専門委員会に経済指標等の資料を提供するなどして当該年次を初年度とする五ケ年間の国内における石油製品の需要予測作業を依頼し、その作業の結果得られた数値を基に各需要原ママ局とも意見調整を図つたうえ、我が国における石油製品の安定供給の見地から石油供給計画の策定を行なうものであること、右石油供給計画は五年間の長期計画であつて、これは石油精製業者に対する特定設備の許可基準として運用されるとともに、当該年度分の供給計画は、国として当該年度における石油製品の安定供給上必要な供給量の目標を示し、石油精製業者に対し生産活動の指針を与えるものであること、通産省は実際の運用にあたり各精製会社の樹立する生産計画が石油供給計画と符合することは適正な需給関係の維持の面で望ましいものとしながらも、安定供給の点からみて支障のない程度の増減(その許容範囲は状況にもよるがおよそ五パーセントで本件当時、半期の原油処理量を基準にすると六〇〇万ないし七〇〇万キロリットルといわれる。)は原則として特に問題としない方針であつたこと、以上の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

従つて通産省の策定する石油供給計画は、石油業法の建前及び同法運用の実際に照らしても、あくまで供給量の目標を示すに過ぎないものであつて、精製会社の生産計画すなわち原油処理量がこれと全く無関係に定まるものではないにせよ、被控訴人石連に対し所与のものとして提示されるものではない。

さらに前記需要専門委員会が実質国民総生産(GNP)の前年度比伸び率8.3パーセントを基礎として四七年度下期の需給見直し作業を行なつたこと、需給委員会の脇坂委員長らは右需給見直しによる需要予測よりも内需数量を一〇〇万キロリットル低く見積り、同年度下期の一般内需用原油処理量の総枠を、はじめ九四〇一万二〇〇〇キロリットルとしたことは前記のとおりであり、<証拠>によれば、通産省は需要専門委員会の右需給見直しによる需要予測量につき、灯油の数値を三五万キロリットル増やしていること、一方精製会社は脇坂らから提示された配分案を不満として納得せず、そこで脇坂らはこれに修正を重ねたすえ、ようやく原判決別表一のとおりの数量で意見をまとめることができたこと、以上の事実が認められ、<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすれば、一般内需用輸入原油処理量の総枠は被控訴人石連が主張するように石油供給計画から自動的、機械的に導かれるものではなく、同被控訴人はこれによりつつも、主体的に右処理総量を決定したうえ、これを各社に配分しているものと認めるのが相当である。

そしてまた石油業法は前記のとおり需給調整を図ることによつて石油製品の低廉かつ安定供給を目的とするもので、それ自体市況対策という側面があるものといえるし、弁論の全趣旨によつて認められる当時の石油事情に徴すれば、本件生産調整が少くとも供給過剰による販売価格の低落の防止という市況対策を目的として行なわれたことが推認されるところでもあるから、業界独自の立場からする需給調整ともいうことができる。

よつて同被控訴人の右主張は採用しない。

6生産調整の主体――需給常任の性格について

<証拠>によれば、本件当時業界では需給常任と呼ばれるグループが原油処理量の総枠を決め、これを各社に配分していた事実が認められる。

被控訴人石連は、需給常任は同被控訴人と組織的な関係はないから、需給常任のした右原油処理量の総枠の決定及びその配分行為は同被控訴人の行為とはいえないと主張する。

しかし<証拠>によれば、通産省は石油業法施行当初は被控訴人石連を指導して生産調整を行なわせていたが、その具体案は前記需給委員会が決定していたこと、三九年頃通産省が直接生産調整を行なうようになつた際に、事務の能率、簡素化を図るべく五グループを代表する需給委員及び九社の需給委員をもつて構成される需給常任なる組織(その長は需給委員会の委員長がつとめる。)ができ、主に生産調整実施上の諸問題の処理にあたつてきたが、通産省による生産調整廃止後再び業界の手で生産調整が行なわれるようになつてからは、この需給常任の場で原油処理量の総枠の決定及び各社配分が行なわれてきたこと、通産省では生産調整を行なうのは被控訴人石連(具体的には需給委員会)であるとの認識をもつており、石油業界でも一般にそのような認識が通用していたこと、以上の各事実が認められ、<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右に認定した需給常任の組織形成の経緯とその活動の実際に照らせば、需給常任は明らかに被控訴人石連の正式な機関である需給委員会の会議の一形態であるから、需給常任のした本件原油処理量の総枠の決定及びその各社配分行為は同被控訴人の行為と認めるのが相当である。

7各社配分行為の性格

被控訴人石連は、各社配分行為は各社に生産の目安を与えるものに過ぎず、各社はこの目安をもとに生産計画を樹て、これを通産省に届け出るものである旨主張する。

しかしながら、これが単に各社に生産の目安を与える役割を果たすものでないことは、後に認定する生産調整の歴史的経過さらには各社配分をめぐつて各社の利害が鋭く対立して最終決定に至るまでかなり難航していたという前記認定の事実に照らし明らかであるから、同被控訴人の右主張は採用できない。

8独禁法八条一項一号該当性について

<証拠>によれば、原油処理とは、原油を精製するため蒸留装置にかけるという石油精製上の一工程に過ぎないことが明らかであるが、<証拠>によれば、原油処理は石油製品の生産を目的として行なわれるものであるところ、石油製品はいわゆる連産品であつて、原油処理の結果、精製される石油製品の比率(得率)はおおむね定まつており、その変更には自ずと限度のあることが認められるのであるから、原油処理量を制限することは、石油製品の生産量及び販売量の制限に通ずるものということができる。

そして元売業者間の販売競争は各石油製品ごとに行なわれるとともに、石油製品全体についても行なわれているものとみることができるのであるから、全体としての石油製品販売市場をひとつの取引分野と解することができる。

また石油業法によれば、石油精製会社の設備は許可制となつており(七条)、かつ前記石油供給計画によつて各社の生産計画が事実上制約されるなど、石油精製業界における原油処理に関する競争は大きく制限されてはいるけれども、なおその枠内において自由競争の余地があつたものと認められる。

このことは後記生産調整の歴史的経緯の示すとおり、石油業法施行の当初から激しいシェアー競争が行なわれ、石油製品の安定供給を憂慮した通産省が被控訴人石連を指導して各社の原油処理量の制限を行なわせたこと、その後も原油処理量の配分をめぐつて各社間に意見の対立があつたという事実に徴して明らかである。

そして本件生産調整の行なわれた当時、被控訴人石連加盟の石油精製会社二四社及び共同石油グループに所属していたアジア共石との原油処理量の合計は、沖縄県を除く国内の原油処理量の九〇パーセントを越え(この点は被控訴人らは明らかに争わないので自白したものとみなす。)、しかも前記のとおり石油製品は連産品であつて各製品間の得率の変更にも自すと限界があること、なお石油業法は各精製会社に石油製品生産計画及びその変更の届出を義務づけてもいる(一〇条一項)のであるから、各精製会社の原油処理量を制限することは石油製品の各生産量の制限をもたらし、ひいては元売業者間の販売競争を減少させることにもつながるものということができるのであつて、従つて被控訴人石連のなした本件生産調整は、沖縄県を除く国内における全体としての石油製品販売市場において、元売業者間の販売競争を減少させ、同市場での有効な競争を期待することがほとんど不可能な状態をもたらしたものといわなければならない。

本件生産調整は、独禁法八条一項一号の「一定の取引分野における競争を実質的に制限する」ものに該当するものといわなければならない。

9違法性阻却事由の主張について

被控訴人石連は、生産調整は石油供給計画の実施に不可欠のものであり、石油供給計画への符合を求める通産省の行政指導に対応して行なわれたものであるから、社会的相当行為として違法性が阻却されると主張するので、以下通産省の生産調整に対する関わり合いを中心に検討する。

(一)  生産調整の歴史的経緯

(1) <証拠>によれば、通産省は従来主に原油及び石油製品の輸入に必要な外貨資金を各社に割り当てる制度によつて石油製品の需給調整を図つてきたが、三七年一〇月からの原油の輸入自由化に備えて、石油業法案を作成、同法は同年五月一一日に公布され、七月一〇日から施行されるに至つたこと、同法施行後同年九月末まで右外貨割当制度が存続していたが、同年七月から九月までの間、通産省は石油製品の供給過剰を防止するため、精製会社に対し、輸入原油処理量の算定基準を指示することにより、原油処理量の制限を行なつたことが認められ、これに反する証拠はない。

(2) <証拠>によれば、石油業法の施行に伴ない、三七年度下期から石油供給計画に基づく需給調整が実施されることとなつたが、同年一〇月からの原油の輸入自由化に際し、駆け込み的設備投資など精製会社間の激しいシェアー競争が生じ、同年八月頃各精製会社から通産省に提出された生産計画による原油処理量の合計は、石油供給計画を大幅に上回るものであつたこと、そこで通産省は過剰供給により市況の混乱がもたらされることを虞れて、被控訴人石連に生産調整を依頼したが、配分基準について各社間に意見の対立があり、容易にまとまらなかつたこと、通産省は行政指導による自主調整という方法をとり、配分基準として、生産実績、販売実績、設備能力をそれぞれ三分の一ずつ加味した比率を基本とするいわゆる三本柱方式を与えて、同被控訴人に同年度下期の生産調整を実施させ、同被控訴人は三八年度上期も通産省の指導を受け、前同様の生産調整を行なつたことを認めることができ、これに反する証拠はない。

(3) <証拠>によれば、三八年度下期にあたり、以前から生産調整に不満をもつていた被控訴人出光興産が被控訴人石連を脱退し、独自の生産を開始したが、この出光興産脱退問題を契機として被控訴人石連による生産調整は三八年一二月限りで打ち切られ、翌三九年一月以降通産省が新たな基準をもとに自ら直接精製会社に対し、原油処理量を割り当てる方式をとつて生産調整を行なうことになり、この通産省による生産調整は四一年九月まで続けられたこと(通産省が右の期間自ら生産調整を行なつたことは当事者間に争いがない。)が認められ、右認定に反する証拠はない。

(4) <証拠>によれば、通産省は四一年に入つて石油業界の混乱状態が収まり、石油製品の価格動向も一応安定してきたことから、同年九月限りで生産調整を廃止したこと、しかし通産省としては生産調整を廃止したからといつて、生産活動を全く各精製会社の自由な判断に委ねることにしたわけではなく、各精製会社に対し、石油製品の安定供給確保の見地から供給計画に沿つた規律ある生産を強く要請し、各社の生産状況を監視する体制をとることにしたこと、そして四一年度下期以降四三年度上期まで生産調整は行なわれなかつたが、この間通産省は各社の生産状況についての監視を怠らなかつたし、一方被控訴人石連の責任者に要請して各社の生産計画を調整させたことの各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(5) <証拠>によれば、四三年度下期においては、この時期から石油業法施行後初めて精製業の許可を受けた関西石油、富士石油、極東石油工業の三社が加わり、業界全体で四五万三〇〇〇バーレル(一日当り)の新増設設備が稼働することとなつたことなどから供給過剰となることが予想されたので、通産省は業界の希望もあり四三年一〇月八日各精製会社に対し減産要請をしたこと、これを受けて石油業界では配分基準として従来の三本柱のほかにガソリンの販売実績を加えた四本柱方式を採用して各社配分を実施し、四四年度上期においても前期と同様の方法で各社配分が実施され、以後生産調整の廃止に至るまで右の四本柱方式を基本とする生産調整が続けられたこと、以上の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(6) 前掲証人根岸正男の証言によれば、通産省では業界が各社配分を行なつている事情は認識しており、四七年度下期には、同省石油業務課長の根岸正男が前記脇坂泰彦らから配分基準が決まらないので配分作業が難航している旨の状況を知らされ、その早期収拾を強く要請したことが認められ、これに反する証拠はない。

(二)  本件生産調整と行政指導

右認定のとおり、通産省は、石油業法施行後は石油製品の安定供給確保の見地から業界を指導し、あるいは自ら直接に生産調整を行なつてきたが、四一年生産調整の廃止後業界に対し減産要請をした一時期を除いては業界の行なう生産調整に特に関与することはなかつた。そして本件生産調整に対しても通産省からの個別的、具体的な指導がなされたわけではないけれども、前記の生産調整に関する歴史的経緯に照らすと、通産省は業界による自主的な生産調整を期待し、これを利用して石油行政を展開してきたものということができるし、また本件当時においても被控訴人石連の関係者との接触を保つて終始同被控訴人の行なう各社配分の作業状況に関心を持つていたことが窺われるのであるから、同被控訴人による本件生産調整はなお通産省の指導ないし容認の下になされていたものと認めるのが相当である。そこで以下独禁法と行政指導との関係につき検討する。

(1) 通産省設置法によれば、同省は石油(原油及び石油製品)の生産、流通及び消費の増進、改善及び調整に関する国の行政事務を行なう任務を負い(当時施行の同法三条二号)、石油業法施行後は同法に基づき石油行政を担つてきた。そして通産省は石油製品の需給調整を図り、石油の安定供給を確保することを石油行政の基本にすえ、複雑かつ流動する経済現象に対応しつつ、石油業法を円滑に施行し、かつ同法を補完すべきものとして各種の行政指導を行なつてきたことは<証拠>によつて認められる行政の実際に徴して明らかである。

ところで原油処理の数量に関する如き種類のいわゆる調整的行政指導は、実質的にはその相手方である精製業者の本来自由であるべき生産活動を制約し、市場における競争制限的効果をもたらすもので、公正な自由競争の確保を目的とする独禁法の政策に相反するものがあるから、法律の根拠なしには許容されないものと解すべきである。

しかるところ石油業法は世界的な原油の供給過剰傾向を背景に石油の低廉安定供給を確保するため、石油業の事業活動を必要最小限調整するものとして制定されたという立法の経緯と毎年度当初に石油供給計画を公表して各社に生産活動の指針を示し、各社届出の生産計画につき通産大臣に右生産計画の変更を勧告する権限を付与するその内容に鑑みれば、同法はいわば需給調整法的性格をもつものであり、精製業者の生産活動を制限することを当初から予定していたものということができ、従つて原油処理の数量に関する行政指導は石油業法にその根拠を有するものと認められる。

しかし右のような行政指導といえども、無原則、無限定に許容されるものではなく、法律にその発動に関する規定がある場合(例えば石油業法一〇条二項)にはその定めに従うが、一般には行政目的を達成するに必要な場合、これに必要な限度と方法においてこれをなすことを要し、その限りで行政指導は適法であると解される。

そして本件生産調整が通産省の適法な行政指導に従つてなされたものであれば、それは社会的相当行為として違法性が阻却されると解する余地がある。

(2) 通産省は、石油製品の安定供給確保の見地から各社の生産計画が石油供給計画とできるだけ符合することを望んでいたので、石油業界による自主的生産調整を期待し、これを容認し、これを利用して石油行政を展開してきたことは前記のとおりであるが、前記認定の生産調整の歴史的経緯に照らせば、石油業法施行当初、あるいは通産省による直接割当ての時期及びそれが廃止された直後は石油業界の需給秩序が混乱し、これを放置しておくときは石油供給計画の遂行上重大な支障を生ずるおそれがあり、適正な需給調整を図るうえで通産省による行政指導が必要であつたものと認められるが、本件生産調整の行なわれた時期においては、右の各時期と比較して特に適正な需給調整を図る必要があつたことを認めるに足りる証拠はなく、またその方法も事業者団体である被控訴人石連を指導して各精製業者に対し原油処理量の総枠を示し、各精製業者に処理量を割り当てるというもので、これは各事業者間の共同行為(独禁法八条一項一号、二条六項)を誘発する危険性が大きく相当とは言い難い。

してみると同被控訴人のした本件生産調整は、通産省の適法な行政指導に従つてなされたものと認めることはできないから、社会的相当行為として違法性が阻却されるものとする同被控訴人の右主張は採用しない。

10独禁法の適用除外の主張について

この点に関する被控訴人石連の主張は、要するに、石油企業はガス、電気企業と同様公益的色彩の濃い企業体であるから、本来石油業法にもこれらの公益企業と同様に独禁法の適用除外の規定が設けられるべきものであり、右の規定を欠いているのは法の不備であるし、また独禁法は原則として一定の取引分野における競争の実質的制限を同法違反としながらも、反社会性のないカルテルを一定の条件の下に独禁法の適用除外としていることは公益に関する行為については独禁法の効力が及ばないことを承認しているものと解せられるところ、本件生産調整は右のような石油業法に裏付けられ、かつ公益を目的とした通産省の強力な規制指導に対し全面的に協力したものであるから、反社会性のない善いカルテルとして独禁法の適用除外の規定の趣旨を準用して適用除外とし同法八条一項一号は適用されないものとすべきであるというのである。

しかし前記のとおり石油事業は石油業法の枠内とはいえ、なお自由競争の余地があるから、地域独占制及び料金認可制をとり自由競争の観念を容れる余地のないガス、電気事業とは同一に論じられないものがあるし、また本件生産調整が通産省の適法な行政指導に従つてなされたものでないことも前項説示のとおりであるからこれをいわゆる善いカルテルとして独禁法適用除外の対象とすべきものでもない。

なお同被控訴人は、四八年一一月三〇日通産省事務次官と公取委事務局長との間に取り交わされた覚書をもつて通産大臣等の指示監督に基づいて事業者又は事業団体の行なう一定の行為については、独禁法に抵触しないものであることを確認した(同年一二月六日経済企画庁事務次官と同委員会事務局長間に取り交わされた覚書にも同趣旨の確認がなされている。)が、これによつて本件行政指導への協力行為が独禁法の対象外であることが追認されている旨主張する。

なるほど<証拠>によれば、同被控訴人の主張する右各覚書には、その主張の如き確認内容が記載されているが、右各覚書には通産大臣等の指示監督に基づいて行なう協力措置とは政府の施策に対する協力措置であつて、カルテルを意味するものではない旨注記されていることが認められるのであるから、本件生産調整が右の協力措置にあたらないことは明らかで、従つて右各覚書をもつて本件生産調整が独禁法適用の対象外であるとの根拠とすることはできない。

同被控訴人の右主張も採用できない。

11以上の次第で、被控訴人石連のした本件生産調整は、独禁法八条一項一号の規定に違反する違法な行為というべきである。

五  本件価格協定について

1本件の背景

はじめに本件価格協定の成否に関連する論点の判断に必要な限度で本件の背景となる事実を明らかにする。

(一)  原油価格の変動

<証拠>によれば、次のような事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 我が国の産油量は僅少で、石油全消費量のほとんどを外国の産油会社(その代表的なものはメジャーズと呼ばれている。)からの輸入に依存しているが、これら産油会社はオペック加盟のペルシャ湾岸六ケ国(サウジアラビア、イラン、イラク、クウェート、アブダビ、カタール)を中心とする産油国に利権料と事業税を支払うことにより原油を産出し、これを我が国を含む世界の石油消費国に供給していた。

ところで産油国が産油会社から徴収する利権料、事業税はいわゆる公示価格を基準に算出されるから、市場での原油の実際価格(実勢価格)は公示価格の動向に左右されるものであつた。

(2) 世界の原油市場は、昭和四〇年代前半まで供給過剰傾向が続き、これがため原油の実勢価格は下落の傾向を示していた。

(3) ところが四五年九月、リビアが関係産油会社と交渉して国内原油の公示価格の引上げに成功したのを契機に、ペルシャ湾岸の産油国も産油会社と交渉して同年一一月相次いで公示価格と事業税率の引上げに成功した(オペックの第一次値上げ)。

(4) 四五年一二月、ベネズエラのカラカスで開かれたオペック定例総会で、オペック諸国は公示価格と事業税の引上げを決議し、この決議に基づいて四六年二月、オペック加盟の湾岸六ケ国は産油会社との間に、いわゆるテヘラン協定を締結した。

この協定は、事業税率の引上げのほか、公示価格の一律引上げと以後五年間の継続的値上げ(いわゆるインフレーション条項)を取り決めたもので、右協定に基づき公示価格は四六年二月一五日、同年六月一日に引き上げられた(オペックの第二、第三次値上げ)。

(5) オペックの値上げ攻勢はその後も続けられ、四七年一月湾岸六ケ国は産油会社との間にテヘラン協定を補完するものとして、公示価格の引上げのほか前記インフレーション条項の修正を内容とするジュネーブ協定を締結した(オペックの第四次値上げ)。

(6) 原油公示価格は、四八年一月一日からテヘラン協定のインフレーション条項により引き上げられた(オペックの第五次値上げ)。

(7) なおも四八年六月にはペルシャ湾岸六ケ国と産油会社との間に新ジュネーブ協定が締結されたが、これは同年六月一日から公示価格を引き上げることのほか、通貨変動への対応をより緊密にすべく前記インフレーション条項につき再度の修正を図つたものであつた。

(8) 四八年一〇月六日、第四次中東戦争の勃発を契機にペルシャ湾岸六ケ国は同月一六日、一方的に公示価格の引上げを宣言し、翌一七日にはオアペックも原油の生産削減と各国の対アラブ諸国政策に応じた段階別の供給削減を行なう旨の宣言をした。

(9) 以上のほか四七年一二月にサウジアラビアなどペルシャ湾岸の四ケ国と産油会社との間に事業参加協定(「リヤド協定」あるいは「パーティシペイション」とも称されている。)がある。

右協定は産油会社に対する事業参加の実現化を図つたものであつて、原油価格の引上げを直接もたらすものではないが、右協定の結果産油会社は産油国が取得する原油の大部分を従来の入手コストより割高に買い戻すため、産油会社はこの上昇分を消費国への原油価格に上乗せ転嫁をしていた。

また右事業参加の実現により産油国はその取得原油を直接市場で販売することになつたが、この産油国直売原油(いわゆるDD原油)は、しばしば産油会社の販売価格より高値で取引されたため、産油会社経由の原油は市場調整を理由にしばしば価格の引上げがなされた。

(二)  本件直前までの我が国業界等の対応

<証拠>によれば、次のような事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(1) 石油業界はオペックの前記第一次ないし第三次値上げに対処すべく、被控訴人石連営業委員会において石油製品の値上げについて検討した結果、右の原油値上がり分を製品価格に転嫁した場合、製品値上げ幅は全油種平均で一キロリットル当り一一〇〇円になるとの試算を得たが、通産省は物価対策及び民生対策上の配慮から一キロリットル当り八六〇円の限度での製品への価格転嫁を認め、残りの二四〇円についてはこれを業界で負担するよう指導し(いわゆる「一〇セント負担」)、さらに「一般消費者に直結する灯油」については値上げは認められないので、この分をナフサ、C重油に上乗せして転嫁するよう指導した。

(2) ついで業界は四七年一月のオペック第四次値上げに伴う原油の値上がり等に対処するため、右値上げ分の石油製品への転嫁につき検討を加えたうえ、通産省に対し一〇セント負担の解除を前提として石油製品値上げの意向を伝えたところ、通産省ははじめ一〇セント負担の解除の要請についてはこれを拒否したが、結局は一キロリットル当り平均約三〇〇円の値上げ幅による石油製品の値上げを認めた。

2本件価格協定の存否について

(一)  本件価格協定の成立

控訴人らは、被控訴人元売一二社が四七年一一月二七日から四八年一一月六日までの間に五回にわたり灯油を含む石油製品について値上げ協定(価格協定)を行なつたと主張する。

公取委が四九年二月五日、被控訴人元売一二社に対し、同被控訴人らが共同して石油製品の販売価格の引上げを決定しこれを実施したことは独禁法に違反するとして、被控訴人元売一二社が四八年一一月上旬頃に行なつた値上げ決定の破棄を求めるなどの勧告を行ない、同被控訴人らがこれを応諾したので、四九年二月二二日これと同趣旨の審決を行なつたことは当事者間に争いがない。

そして勧告審決の効力については前記説示のとおりであるところ、成立に争いのない甲第二六号証(審決書)によれば、公取委が右審決の基礎として認定した違反事実は、

(1) 被控訴人元売一二社が四七年一一月下旬頃、いずれも四七年一〇月価格比で揮発油、ジェット燃料油各一〇〇〇円、ナフサ三〇〇円、灯油、軽油、A重油各五〇〇円、B重油四〇〇、C重油一〇〇円(各一キロリットル当り、以下同じ。)を目標にして、揮発油については四八年一月一六日から、その余の石油製品については同年一月一日から販売価格を引き上げる旨の決定をした。

(2) 同被控訴人らが四八年一月上旬頃、いずれも四七年一〇月価格比で、揮発油三〇〇〇円、ナフサ三〇〇円、ジェット燃料油、灯油、軽油、A重油各一〇〇〇円、B重油五〇〇円、C重油二〇〇円を目標にして、揮発油については同年二月一六日から、その余の石油製品については同年二月一日から販売価格を引き上げる旨の決定をした。

(3) 同被控訴人らが四八年五月一四日、いずれも同年六月価格比で灯油、軽油、A重油各一〇〇〇円、B重油三〇〇円を目標にして同年七月一日から販売価格を引き上げる旨の決定をしたが、その後検討のうえ実施期日を同年八月一日からに変更することを決定した。

(4) 同被控訴人らが四八年九月上旬頃、同年六月価格比で揮発油三〇〇〇円、ナフサ一〇〇〇円、民生用灯油一〇〇〇円、工業用灯油二〇〇〇円、軽油、A重油各二〇〇〇円、B重油六〇〇円、C重油二〇〇円を目標にして、同年一〇月一日(ただし揮発油は同年一一月一日)から販売価格を引き上げる旨の決定をし、次いで同年一〇月上旬頃右決定中C重油の引上げ額を二〇〇円から四〇〇円に改めるとの決定をした。

(5) 同被控訴人らは四八年一一月上旬頃、同年六月価格比で揮発油一万円、ナフサ、ジェット燃料各五〇〇〇円、工業用灯油、軽油、A重油各六〇〇〇円、B重油、C重油各三〇〇〇円を目標として販売価格を同年一一月中旬(揮発油は同年一二月一日)から引き上げる旨の決定をした。

というものであることが認められるのであるから、同委員会が被控訴人元売一二社に対し勧告審決を行なつた事実によつて反証のない限り控訴人らの主張する被控訴人元売一二社による価格協定の存在が事実上推定される。

被控訴人元売一二社は、同被控訴人らは通産省が製品値上げの際業界に対し行なつた価格指導に協力したものであるが、そのための会合が、協定締結のための会合と誤認されたものである旨主張するところ、これに副う<証拠>がある。

しかしながら<証拠>によれば、(1) 右価格の会合は「裏の営業委員会」とも呼ばれ、一般に正規の営業委員会が終了し、エッソ・スタンダード石油株式会社、モービル石油株式会社(以下単に「エッソ・スタンダード石油」、「モービル石油」という。)の外資系会社の営業委員が退席した後、被控訴人元売一二社の営業委員、しかも正委員のみが出席して開かれていたこと、(2) 右会合の席上配られた資料は持ち帰りを禁ぜられ、すべてその場で回収され、かつメモの録取が禁じられていたこと、(3) 各社社内における値上げ関係文書には、被控訴人日本石油のように公取委に対する配慮から「小鳥」のカットを付し、あるいは被控訴人共同石油のように秘密保持の趣旨で「読後必破棄を願います」との注意書があるなど、各社とも秘密保持に腐心の跡が窺われること、(4) なお右価格の会合では右合意の事実を隠蔽するため、ガソリンについて実際の値取りをする「実取日」のほか、各社毎に日を異にする「打出日」を決めていたこと、などの事実が認められ、これに反する証拠はなく、右のように価格の会合が被控訴人らの主張する如く、単なる通産省の価格指導に対する協力行為であるというには余りにも不自然かつ不可解な情況を示す事実が認められるのであるから、前掲各証拠をもつてしてはいまだ前記価格の会合において価格協定が締結されたとの推定を動かすことはできず、他にこれを動かすに足りる証拠はない。

(二)  本件価格協定の対象とされた灯油の範囲について

<証拠>によれば、石油製品中、灯油には日本工業規格の上でJIS一号とJIS二号の二種類があり、一号灯油(灯火用及び暖厨房用燃料)は白灯油、二号灯油(石油発動機用燃料、溶剤及び洗浄用)は茶灯用と呼ばれていること、右のうち白灯油はその品質、外観とも全く同一の製品であるが、石油業界ではかなり以前からその用途に着目してこれを一般家庭用の燃料に使用される白灯油と工場等の大口需要家に販売される白灯油に区切し、一般に前者を民生用灯油、後者を工業用灯油と呼び、両者は各々販売経路を異にし、従つて自ずから価格水準にも相違のあつたことが認められ、これに反する証拠はない。

控訴人らは前記(1)ないし(3)の各価格協定(以下「(1)の価格協定」を「四八年一月の値上げ協定」、「(2)の価格協定」を「四八年二月の値上げ協定」、「(3)の価格協定」を「四八年八月の値上げ協定」と言う。なお前記「(4)の価格協定」を「四八年一〇月の値上げ協定」、「(5)の価格協定」を「四八年一二月の値上げ協定」と言う。)の対象となつた灯油にはすべての種類の灯油が含まれていたと主張し、被控訴人らは右の四八年一月及び二月の各値上げ協定の対象となつた灯油には右にいう民生用灯油は含まれていなかつた旨主張する。そこで検討するに、

(1) 公取委が、一方において灯油を民生用灯油と工業用灯油とに明確に区別したうえで、四八年一〇月の値上げ協定については、民生用灯油、工業用灯油ともそれぞれ値上げ幅を異にして協定の対象油種とされ、同年一二月の値上げ協定については、工業用灯油のみが協定の対象油種とされていたとの事実を認定しながら、他方四八年一、二月及び八月の各値上げ協定においては右のような区別をすることなく、単に「灯油」が協定の対象油種とされていた事実を認定のうえ審決に及んでいることは前記のとおりであつて、これは同委員会が審査の結果、四八年八月の値上げ協定までは、被控訴人元売一二社が灯油については特にその種類につき区別を設けることなく、その全体を同一値上げ幅で協定の対象油種としていたとの事実を認定したことを示すものと考えられる。

(2) また、被控訴人出光興産の常務取締役で営業委員の斎藤純一は捜査段階で「四八年一月の値上げ協定には灯油も入つていたと思うが、暖冬で市況が悪く値上げ指示を見送つたかも知れない」旨(甲第五三号証)、あるいは「四七年一二月九日頃締結された協定では、灯油の値上げ幅は五〇〇円であり、実施日は一月一日からであつた。四八年一月一〇日頃パーティシペイションに伴なう追加値上げ分として一月の値上げに続いてさらに石油製品の値上げをすることにしたが、灯油の値上げ幅は五〇〇円で、実施日は二月一日であつた」旨(甲第五四号証)供述し、被控訴人丸善石油の専務取締役で営業委員の石渡健二は、「四八年一月上旬頃、灯油については、値上げ幅を一〇〇〇円とする協定を結んだ」旨(甲第六二号証)供述し、被控訴人九州石油の常務取締役で営業委員の大橋退助は、「四八年一月の値上げ協定には灯油も含まれていたと思う」旨(甲第七一号証)供述し、被控訴人三菱石油の常務取締役で営業委員の武信光は、「四八年二月の値上げ協定では、同年一月の協定の上げ幅にさらに灯油五〇〇円を上乗せして修正し、結局灯油については一〇〇〇円を四七年一〇月の価格に上乗せすることになつた」旨(甲第七二号証)供述し、被控訴人昭和石油の常務取締役で営業委員の早山弘は、「中間三品については一月一日から五〇〇円程度の値上げをすることを決めた」旨(甲第七三号証)、被控訴人シェル石油の常務取締役で営業委員の説田長彦は、「四七年一二月四日、被控訴人元売一二社は灯油については対九月価格比で五〇〇円の値上げをする合意を成立させたこと、シェル石油からのテレックスでは灯油について別途指示としたが、これは灯油の実勢価格が通産省の指導価格よりはるかに低かつたので、市況を見ながらできる限り引き上げようとの考えから、そうしたものである」旨(甲第七四号証)供述しているのであつて、右のように本件価格協定に直接関与した被控訴会社の各営業担当役員が捜査段階において、それが明らかにいわゆる民生用灯油を含むものとの認識の下に、四八年一月及び二月の値上げ協定は「灯油」をその対象としたものであると供述しているのであつて、その後これら多くの者が公判廷において先の供述を翻えして四八年一月及び二月の値上げ協定には民生用灯油は含まれていなかつたと供述するに至つているけれども、その供述の変遷についてこれを首肯させるだけの合理的説明が見受けられない。

(3) さらに被控訴人元売一二社のうち、四八年一月及び二月の値上げ協定に基づき(白)灯油について値上げの実施をしたかどうか証拠上必らずしも明らかでない元売会社や他の被控訴人元売会社とは異なる価格指示をした元売会社の存することは事実であるが、

イ 成立に争いのない甲第一四五号証(特に添付の値上げ実施総括表)によれば、被控訴人出光興産では、本社販売部から各支店に対し、灯油について四八年一月及び二月で合計一〇〇〇円の値上げ指示がなされ、同被控訴人の仙台支店は同年一月中灯油を含む全油種につき各販売店に値上げ通知をしていること、

ロ <証拠>によれば、被控訴人大協石油では、四七年一二月一〇日過ぎ頃、本社営業部長の酒井金之助が同社の愛知専務から業界で決定されたとして灯油につき四八年一月一日から五〇〇円値上げするよう命ぜられたので、四七年一二月中旬に本社直売部、各支店に灯油五〇〇円の値上げを指示し、さらに四八年一月一〇日過ぎに同専務から業界で決定されたとして灯油につき一〇〇〇円(実質五〇〇円)の値上げを含む石油製品の値上げを命ぜられたので、同年一月一〇日頃本店直売部、支店にその旨の指示をしたこと、同社仙台支店は灯油につき民生用灯油、工業用灯油の区別をせず一律に四八年一、二月で合わせて一〇〇〇円弱(四七年一〇月を基準として)の値上げをしたこと、

ハ <証拠>によれば、被控訴人丸善石油では営業企画部の金山哲三が四七年一一月末頃石渡専務から中間三品につき各五〇〇円ずつの値上げを含む石油製品の一斉値上げの話を聞かされていたが、同年一二月中旬頃専務からこれが正式に決定したので、同社でも右の線に沿つて値上げを実施するよう命ぜられ、さらに四八年一月一〇日頃同専務から中間三品につき五〇〇円ずつの値上げを含む石油製品の値上げが決定されたので、前同様値上げを実施するよう命ぜられ、いずれもその頃担当者に右の旨を連絡したこと、一方同社東北支店は、中間留分について四八年一、二月で合計一〇〇〇円ずつの値上げをし、これを二月までに完遂するよう努力せよとの指示があつたので、同支店では同年二月一日からいずれも一〇〇〇円の一括値上げをしたこと、

ニ <証拠>によれば、被控訴人三菱石油では、本社販売部長の米倉豊が四七年一二月上旬頃武信常務から灯油につき五〇〇円の値上げを含む石油製品の一斉値上げの決定があつたので、至急値上げ実施方を検討するよう命ぜられ、さらに四八年一月上旬、同常務からいわゆる石連ベースとして灯油一〇〇〇円の値上げ(四七年一〇月比で)を含む石油製品の一斉値上げが決まったので同様至急実施方の検討をするよう命ぜられたこと、

ホ <証拠>によれば、被控訴人共同石油では、四七年一二月九日本社での支店長会議の席上松井販売部長から石油製品の値上げにつき具体的な指示があつたが、灯油については四八年一月一日から五〇〇円値上げせよとの指示であつたこと、その後右値上げに関し各支店に送られた同年一二月一四日付文書には「白灯」として、「値上げ達成のうえ、一月以降さらに五〇〇円値上げ実施」なる旨の記載があること、

ヘ <証拠>には、被控訴人キグナス石油仙台営業所に対し、四七年一二月中旬頃、本社営業部から灯油につき五〇〇円の値上げを含む石油製品の値上げ指示があつた旨の記載があること(もつとも右灯油の値上げ額の点は甲第七〇号証と対比して疑問があるが、同号証も灯油について値上げ指示をしたとの記載があるので、いずれにせよ灯油について値上げ指示のなされた事実の証左となるものと考える。)

ト <証拠>によれば、被控訴人ゼネラル石油では、四八年一月以降灯油を五〇〇円値上げするよう各支店に指示していたが、未達成のところが多かつたので、さらに四八年一月二四日各支店に対し同年二月一日以降灯油を同年一月比で五〇〇円の値上げを実施するよう指示したこと、

チ <証拠>によれば、被控訴人日本石油でも、同社福岡支店は四七年一二月上旬頃、本社から中間三品につき四八年一月一日から各五〇〇円(四七年一〇月比)を値上げするよう指示され、さらに四八年一月半ば頃までに本社から中間三品につき同年二月一日から各一〇〇〇円(四七年一〇月比)の値上げ実施を指示されたので、いずれも直ちに特約店にその旨通告して値上げの実現に努めたこと

の各事実が認められるところ、右のように被控訴人元売一二社中かくも多数の会社が値上げ幅、実施時期をほぼ共通にして灯油(これが白灯油全体を含むものであることは明らかである。)の値上げを各支店等に指示している状況が認められるのであるから、これをもつて値上げ協定とは全く関係のない当該被控訴会社独自の値上げであつたとみるのは困難で、右は被控訴人元売一二社間に民生用灯油についても値上げに関する合意が存在したことを示すものに外ならない。

以上(1)ないし(3)の諸点を総合すれば、四八年一月及び二月の値上げ協定においては、控訴人ら主張のとおり民生用灯油を含め灯油全体をその対象としていたものと認めるのが相当である。

もつとも乙第一四〇号証の一の二、第一四一号証の一、第一五一号証の二(但し、これには工業用灯油も含めて協定の対象から外ずしていたと思う旨の記載がある。)、第一五八号証、第一五九号証の一(これには工業用灯油については記憶がないとの記載もある。)、第一六八号証の一、第一六九号証の一の各供述記載、原審証人松井達夫、同岡田一幸、同川副二郎、同野田進一郎の各証言中には、民生用灯油については以前から価格抑制指導がなされており、右値上げの際にも通産省担当官からその値上げについて難色を示されていたので、被控訴人元売一二社は同省の意向に沿い民生用灯油についてはこれを値上げの対象から外ずしていた旨の供述記載や証言がある。前掲乙第一号証、原本の存在並びにその成立に争いのない乙第二号証の一ないし三、第三号証によれば、通産省が四六年四月石油業界の石油製品値上げに際し、「一般消費者に直結する灯油」については価格上昇防止につき指導を行なうとの方針を公表し、ついで同年一〇月には同年の需要期における白灯油の元売仕切価格を各社毎の同年二、三月の価格水準に据え置くとの指導を行なつた事実が認められ、そして<証拠>によれば、通産省は四八年一〇月一般家庭での燃料用に使用される白灯油を家庭用灯油と呼んでこれを他の白灯油から区別して特にその元売仕切価格を同年九月末の価格水準に据え置く旨の指導をするまでは、白灯油についてさらに区分を設けることなく、むしろ一般には白灯油を産業用に使用される茶灯油と対比してこれを民生用灯油と呼んでいたことが認められるから、通産省がその指導の対象としていた「一般消費者に直結する灯油」とはいわゆる民生用灯油を中心としながらも工業用灯油を含む白灯油全体を指していたものと認めるのが相当である。そして前掲乙第二号証の三には、「灯油の元売仕切価格は今冬は値上げを行わず、前需要期(本年二、三月)の価格水準に据置くよう元売各社を指導する……」と記載されているので、右の灯油に関する通産省の価格凍結指導は、本来四六年の需要期限りのものであつたものと認められるが、成立に争いのない乙第一八一号証の一、二並びに弁論の全趣旨によれば、白灯油の元売仕切価格は四六年一〇月の右価格凍結指導後、天候、気象状況等の影響により需要が伸びずに低迷を続けていたことが認められ、しかも前掲乙第一六八号証の一の供述記載によれば、通産省は四七年の需要期に向けて白灯油については特別の価格指導をしなかつた事実が認められ、これらの事実を考え合わせると、右の価格凍結指導は本来四六年の需要期限りのものでありながら、業界では事実上この指導が継続しているものと理解し、通産省でもこの業界の理解を是認した形でこれに対処してきたものと認められる。

そこで右のとおり元売各社の四六年二、三月の価格水準が凍結指導価格であるとすれば、業界では通産省の了承等の指導がなければ元売仕切価格を右以上の価格に値上げすることは事実上困難であるが、反面その範囲内であれば各社の判断により自由にその価格を変動させることができる筋合のものであり、このことは前掲乙第一八一号証の一、二によれば、被控訴人太陽石油を除く被控訴人元売各社及びエッソ・スタンダード石油、モービル石油以上合計一二社の白灯油の元売仕切価格の平均値(全国平均)が四七年中半頃から上昇傾向に転じていることが認められ、右事実からすれば被控訴人元売一二社における白灯油の元売仕切価格が逐次値上げされたものと推認されるのに、右の元売仕切価格の値上げにつき通産省が了承を与えた事実の窺えないことに徴しても明らかである。

そして右乙第一八一号証の一、二によれば、四七年一〇月における前記元売各社の白灯油元売仕切価格の全国平均値は一万〇八〇〇円(一キロリットル当り)であり、一方四六年二、三月における前記元売各社の白灯油元売仕切価格の全国平均値はそれぞれ一万二〇五〇円、一万二〇八一円(前同)であつたことが認められ、右事実からすれば、被控訴人元売一二社の四七年一〇月における白灯油元売仕切価格は、その四六年二、三月における白灯油元売仕切価格に比較していずれも一〇〇〇円以上低目であつたものと推認されるところ、四八年一、二月における白灯油の値上幅は前記のとおり合計で一〇〇〇円を目標とし、右凍結指導価格の範囲にとどまるものであることが明らかであるから、右の値上げにつき、通産省の了承を得る必要はなかつたものというべきである。してみると通産省担当官がいわゆる民生用灯油を含む白灯油の値上げに難色を示していたとしても、それは白灯油については右の凍結指導価格を越える値上げをすることは通産省としては了承できないという趣旨に理解すべきであり、業界関係者も通産省との接触を通じて同省担当官の右意向は熟知していたものといえるから、前記の各供述記載や証言はその理由付けを欠くことになり自ずと採用できない。

また被控訴人元売一二社の一部には後に認定する如く白灯油の値上げに関し、他の会社と値動きを異にする会社があるが、もとより本件価格協定には絶対的な拘束力はないし、協定の対象となつた油種によつては社内の実情により他の会社と全く同一歩調をとり得ないものがあることは容易に推測され、従つて各社間には、油種によつては価格協定の効果を著しく阻害するものでない限り他と異なる値動きをするのも止むを得ないとの暗黙の相互了解があつたことが充分考えられるから、右の事実も白灯油に関する協定の成立を否定するものとはならない。

さらに原審並びに当審証人宮内靖男は、被控訴人出光興産仙台支店のアポロ月山に対する四八年一月及び二月の各五〇〇円の元売仕切価格の値上げは、従来特価補助ということで他の特約店の場合よりも安く仕切つていたのを、右の時期にアポロ月山の経営内容が改善されたので他の特約店並みの価格に値戻ししたにすぎない旨証言するが、同人の証言は同社社長からの伝聞にすぎないうえ、前掲甲第一四五号証によつて認められる同被控訴人の値上げ実施の状況に照らし措信できないし、そのいう特価補助の値戻しも、特約店に対する値上げ申入れの口実と解する余地もないではないから、このことは必ずしも前記認定を左右するに足りるものということはできない。

なお甲第八七号証には「灯油」の値上げ幅を零とするとの記載がある(油種としては単に灯油とのみ記載されていることにも注意)が、これは被控訴人日本石油の社内説明資料として作成されたものであることが、書面の記載自体から窺われるところであるし、また乙第一三八号証の二の七にも「灯油」のコストアップ額が零であるとの記載がなされているが、これが被控訴人らの主張するようにスタディグループが作成した油種別値上げ案であるならば、白灯油に関する凍結指導との関係で右はむしろ当然の記載とみるべきであるから、いずれも前記認定の妨げとはならない。

そして他に前記認定を覆えすに足る証拠はない。

(三)  被控訴人元売一二社の主張は、要するに民生用灯油については通産省のガイドライン方式による行政指導により上限価格が抑制されていたから、これを無視して業者間のカルテルだけで一方的に値上げを策することは不可能であつたし、被控訴人元売一二社は四八年八月の場合においてのみ民生用灯油の価格改訂をしているが、これは通産省の設定した右指導上限価格が改訂されたことによるもので、被控訴人元売一二社は右改訂作業に協力したものにすぎないというにあると解される。

そこで以下灯油を中心に通産省の石油製品に対する価格指導の態様について検討するに、

(1) <証拠>によれば、石油業界が四六年二月頃、オペックの第一次ないし第三次値上げによる原油価格の値上がりに対処すべく石油製品の値上げを図つた際、通産省は同年三月中旬頃物価対策、民生対策等の観点から被控訴人石連を通じて業界に対し、当面の原油値上げ幅を一〇四〇円(製品換算一キロリットル当り一一〇〇円)と試算のうえ、その一部約一〇セントを業界で負担するよう要請した。

そこで業界では右要請に従い通産省担当官と連繋をとりつつ右の一〇セント負担を前提に油種別の値上げ幅を検討していたところ、同年四月一三日頃になつて白灯油について値上げは認められないので、その分を他の油種に上乗せ転嫁するよう、その場合の値上げ幅を示しての指示が付け加えられ、結局業界は通産省のこれらの要請を受け容れ、一〇セント負担後の平均値上げ幅を八六〇円とする油種別値上げ案を作成し、通産省の了承を得たこと、そして通産省は同年四月一六日、今回の原油値上がりに関し、業界に対し行なつた右の一〇セント負担の指導の趣旨を明らかにするとともに「一般消費者に直結する灯油」については今後とも価格上昇防止につき所要の指導を行なうなどの基本方針を公表したこと、の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(2) <証拠>によれば、四六年一〇月、通産省は灯油の需要期を迎えるにあたり国民生活安定の見地から元売会社に対し、各社の白灯油元売仕切価格を同年冬は値上げせず、前需要期すなわち四六年二、三月の各社それぞれの平均価格以下とするよう指導したが、なお右指導の解釈に疑義があつたことから一部にいう一キロリットル当り一万二〇八一円なる数値は全元売りの加重平均価格にすぎず、各社に対し右価格での据置きを指導したものではない旨を明らかにした事実が認められ、これに反する証拠はない。

(3) 前掲証人野田進一郎、同松井達夫、同岡田一幸の各証言によれば、四七年一月下旬頃、業界はジュネーブ協定により同年一月二〇日からのオペック第四次値上げに伴なう原油の値上がりを理由に、通産省に対し前記一〇セント負担の解除と製品の値上げを要請したのであるが、通産省は、はじめ右一〇セント負担の解除及び製品値上げのいずれについても難色を示していたこと、その後同年二月三日、通産省担当官と業界首脳との会談が行われた結果、通産省は平均値上幅を一キロリットル当り約三〇〇円とする業界の油種別値上げ案を了承したこと、なおその際通産省担当官(石油計画課長鈴木両平)は、業界(被控訴人石連の営業委員会委員長岡田一幸)に対し、じ後値上げの必要が生じたときは、事前に話しに来るように指示したことの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(4) 前掲乙第一六八号証の一の供述記載によれば、四七年秋頃において灯油価格には顕著な値動きの見られなかつたことから、通産省は同年の需要期に備え、業界に対し灯油の供給確保につき努力するよう要請しただけで、灯油の価格面について特別の指導はしなかつたことが認められ、これに反する証拠はない。

(5) <証拠>によれば、四八年一月の値上げの際、業界では、はじめ前記一〇セント負担の解除を求め、これを前提として石油製品の値上げを図る方針を決めていたが、四七年一二月、通産省担当官から一〇セント負担の解除を拒否されたので、改めて一〇セント負担を継続することとして値上げ案を作成したこと、そして同年一二月二〇日頃、当時の営業委員長岡田一幸が通産省の鈴木両平石油計画課長に対し、業界における値上げ案のあらましを伝え(白灯油は、右値上げ案には含まれていない。)、その後スタディグループの野田進一郎座長が通産省担当官にその細目を説明し、その了承を得るに至つたことの各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(6) 前掲証人野田進一郎、同岡田一幸の各証言によれば、四八年二月の値上げの際、岡田営業委員長が鈴木石油計画課長の求めに応じて通産省に赴き、業界の値上げ案を説明し、通産省では業界に対し値上げの計算根拠となる資料の提出を求めるなどして値上げ幅等につき検討を加えたうえ、同年一月二〇日右値上げ案について了承を与えた(なお白灯油が右値上げ案に含まれていないことについては同年一月の値上げの場合と同じ。)ことが認められ、これに反する証拠はない。

(7) <証拠>によれば、同年六月一八日、通産省石油計画課長総括班長角南立は被控訴人石連営業委員会において、新ジュネーブ協定による同年六月一日からの原油値引がり分は同年二月一四日以降の円高による為替差益とほぼ相殺される(チャラ)から、原油値上がり分を石油製品に価格転嫁してはならない、今後計算の基礎を四八年六月として同年六月比でコストの変化をみて行く、なお市況調整値上げの場合安易に価格転嫁を行なうことのないようになどの方針を示したという事実が認められ、これに反する証拠はない。

(8) <証拠>によれば、右のいわゆるチャラ論指導のあつた後の四八年六月二六日岡田一幸の後任として営業委員長に就任した斎藤純一が三名の副委員長と共に新役員就任の挨拶を兼ねて通産省に赴き、鈴木課長に業界の値上げ案の概要を説明し、同課長は同月二八日頃野田進一郎を呼んで同人から右値上げ内容の根拠等につき説明をきいたうえ一旦これを了承したのであるが、同月二九日頃鈴木課長らは営業委員長斎藤純一、被控訴人元売一二社の営業担当責任者に対し、国会開会中であることを理由にその実施を一ケ月程度延期するよう要請し、業界はこれに従つたこと、そして同年七月二六、七日頃、鈴木課長は斎藤営業委員長に対し、同年八月一日を実施期日とする前同様の値上げ案につき了承を与えたことの各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(9) <証拠>によれば、四八年七月二五日通産省の外局として資源エネルギー庁が発足し、それまで通産省鉱山石炭局が所掌していた石油行政事務は同庁石油部に受け継がれたが、同年八月三日同庁石油部計画課長に就任していた鈴木両平は斎藤純一らに対し、先に了承を与えた八月の値上げ案のうち一般家庭用に使用される白灯油についてはその値上げ幅を七〇〇円ないし八〇〇円に減らして欲しい旨申し入れ、その後九月上旬になつて同庁石油部長熊谷善二は右斎藤純一に対し、家庭用灯油の値上げを撤回するよう要請し、これに応じない業界との間にしばらく応酬があつたが、同月二〇日頃になつて通産省と業界の間で家庭用灯油の元売仕切価格を同年九月末の時点の価格をもつて凍結することで話し合いがつき、通産省は同年一〇月一日附の文書をもつて「本年八月以降石油業界に石油製品の値上げの動きがあるが、家庭用灯油の元売仕切価格については、このまま放置すると国民生活に大きな影響を与える可能性があるので、この際家庭用灯油価格の上昇をストップし、需要期においても現状以上に引き上げないよう業界各社に協力を求める」との方針を発表し、元売り各社はおおむね右の指導に従い、同年一〇月以降四九年五月末まで民生用灯油(その範囲は家庭用灯油とほぼ同じ。)の元売仕切価格を四八年九月末の価格(各社の平均価格は一万二八九八円)に据え置いたこと、なお四八年一〇月の値上げに際しては、業界が民生用灯油の価格をそのまま据え置いたことから、通産省は業界の値上げ案につき特に問題とすることなくこれを了承したこと、以上の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

そこで以上の事実をもとに被控訴人元売一二社の前記主張について検討してみると、通産省は四六年以降のオペック攻勢による業界の値上げの動きに対し経済政策、物価対策上等の観点からこれに介入してきたが、その介入の態様は、当初業界に対し値上げの際の基本方針を示したほか、自らも製品の値上げ幅を示すなどかなり積極的姿勢をもつてこれに臨んでいたが、その後は業界に対し基本方針を示す以外は業界の作成した値上げ案が右方針に沿うものである限り、原則として特別の価格指導は行わず、そのままこれを了承するという態度に変わつてきた。そして本件各値上げの場合、基本的にはまず業界で値上げ案を作成し、これに対し通産省の了承を得るという形式がとられたのであるが、右値上げ案の作成にあたり業界では通産省の示した基本方針に従い、かつ日常の接触から知り得た通産省の意向をこれに反映させているので右値上げ案自体通産省の価格指導に従い作成されたものといえるし、右値上げ案は製品毎に必要値上げ幅を示すものであつたから、その内実はともかく通産省は右値上げ案を了承することにより業界に対し製品値上げの際の上限価格を設定(改定)するという方法により価格指導を行なつたものと見られないわけではなく、その意味では業界の右値上げ案の作成は通産省の価格指導に対する協力行為と解せられないではない。

しかしながらまず四八年一月及び二月における白灯油の値上げの場合について考えてみると、右に認定したとおり通産省の白灯油に対する価格指導は価格凍結指導であつて被控訴人らの主張するような意味でのガイドライン方式による価格抑制指導とは言い難いが、上限価格を設定し、その範囲内での価格の変動を認めるという意味ではその効果は同じである。しかし前記のとおり各元売会社は右凍結指導価格の範囲内であれば、その判断で自由に値上げすることができ、従つて各社がその値上げの方法としてカルテルを締結し、(通産省の了承を得ることなしに)白灯油の値上げをすることはその必要がある限り決して不可能ではなかつたということができる。

次に四八年八月の値上げの場合には通産省が業界の作成した灯油を含む値上げ案につき了承を与えているので、それが単に上限価格の設定ないし改定(白灯油については、その前提として凍結指導の解除の趣旨が含まれている。)にとどまるものであれば、被控訴人元売一二社の行為は通産省の行政指導に協力したものともいいうるが、本件においてはそれのみにとどまらず、同被控訴人らの間には右値上げ案について通産省の了承が得られた場合には値上げ幅やその時期を共通して一斉値上げを図る、との合意が成立し、かつ各社ともおおむね右合意内容に従い値上げの指示をしているのであるから、同被控訴人らがたんに同被控訴人らの主張する如く通産省のガイドライン方式による行政指導に協力しただけであるというのはあたらない。

右のとおりであるから、被控訴人らの右主張は理由がない。

3被控訴人太陽石油の主張について

同被控訴人は、取引先の商社との間に、かねてより原油価格の値上げがあつた場合にはその値上げ分のみを石油製品価格に転嫁する旨の取り決めがあり、本件原油価格値上げの際にはいずれも右の取り決めに従つて製品価格の改訂を行なつたものであつて、本件価格協定に加担していない旨主張するので以下検討する。

<証拠>を総合すれば

(1)  同被控訴人は愛媛県菊間に製油所を持ち、石油の精製並びに販売を行なう会社で、四八年当時、東京、大阪、四国に支店があり、その販売シエアーは約1.3パーセントに過ぎなかつた。

(2)  同被控訴人は、四八年当時凡そ三一〇万キロリットルの輸入原油を処理していたが、その約五〇パーセントを被控訴人シェル石油系のメジャーから、その余を住友商事株式会社、三菱商事株式会社、伊藤忠商事株式会社、兼松江商株式会社の四商社から購入していた。

(3)  そして同被控訴人はジェット燃料油を除くその余の油種を生産していたが、そのうち全生産量の約六パーセントに相当するガソリンについては全量を被控訴人シェル石油に、日銀の卸売物価指数にスライドさせた価格をもつて販売していた。

(4)  白灯油を含むその余の油種については、被控訴人太陽石油において継続的利益確保の必要上、全生産量の約六〇パーセントが前記四商社に販売されていたが、兼松江商を除く三商社はその一部(と呼ばれている。)を被控訴人シェル石油に販売し、結局残りの三十数パーセントが支店、営業所を通じて一般に販売されていた。

(5)  前記四商社との間の取引価格は、原価主義に基づき同被控訴人が一定の利益を留保することを目途にして双方協議のうえ決定され、毎年四月各商社との間に販売油種の数量、価格に関する年間取引契約が締結されていた。

そして本社では支店等に右商社との間に決定された価格を仕切として通知し、支店等はこの仕切価格に諸経費を上乗せした価格をもつて右四商社を除く取引先に対する販売価格としていた。

(6)  同被控訴人の常務取締役で本社営業部長の田村靖一は前記営業委員会の委員として価格の会合に出席していたが、その際営業委員長の岡田一幸や後任の斎藤純一から石油製品値上げの時期、値上げ幅についての具体的な説明を受けるとともに各社足並みを揃えて値上げを実施して貰いたいとの要請を受けていた。なお四八年一二月値上げの際は、被控訴人シェル石油の説田常務取締役から、右の旨電話連絡を受けた。

(7)  田村靖一は価格の会合のつど、福留容正販売課長に会合の模様を伝えて同社でも石油製品の値上げを実施するよう指示を与え、同被控訴人会社では四八年一月を除いて、価格の会合で決定された石油製品の値上げ幅、市況等を勘案して同社の値上げ案を作成し、これに基づき四商社と値上げ交渉してその承認を得てその仕切価格を決定し、石油製品の値上げを実施した。

(8)  なお同被控訴人は四八年五月における価格の会合の後、中間三品を中心に同年七月一日から値上げを実施すべくその準備をすすめていたが、同年六月末頃田村常務が通産省担当官から一ケ月位値上げの実施を延期するよう要請されたため、同年七月は若干の値上げにとどめ、八月及び九月の計三回に分けて白灯油を含む製品の値上げを実施した。

以上の各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

右認定の事実のもとに同被控訴人の主張の当否につき考えてみると、同被控訴人はジェット燃料油を生産しておらず、またガソリンについては日銀卸売物価指数にスライドした価格で被控訴人シェル石油に売り渡す扱いであつたため右の二油種については他社と同一歩調で値上げを実施することは不可能であつたといわなければならない。他方白灯油を含む他の油種については同被控訴人の主張のとおりその仕切価格(改訂の場合も含む。)は原価主義に基づき商社との協議により決定され、しかも支店に指示する仕切価格も商社に対する仕切価格と同一の価格とされていたから、同被控訴人としてはこれらの価格についても一方的に決定することはできない状況にあつたと認められる。

しかしながら、田村靖一は営業委員として価格の会合に出席して具さに業界の動向を見聞し、かつ営業委員長から各社とも足並みを揃えて値上げを実施して貰いたいとの要請を受けており、実際にも田村靖一の持ち帰つた業界の情報(実質的には協定内容)が同社の値上げ方針、すなわち価格交渉の際商社に提示する値上げ案作成にあたりかなりの比重をもつていたものと考えられること、同社では製品の一部を三商社を通じて被控訴人シェル石油に販売する関係にあつたから、その取引価格は事実上被控訴人シェル石油の販売価格に強く規制されるものであることが容易に推測される(なおこの関係は前掲甲第一三七号証の別紙一覧表との対比からも窺われる。)こと、またその値上げの状況も四八年八月の値上げに対応する同社の同年七月から九月にかけての値上げは中間三品を中心とする製品の値上げであり、白灯油の値上げ額の合計は、一〇三〇円であるなど協定内容との類似も認められ、全体を通じて協定内容から著しくかけ離れた値動きの認められないことからすれば、同被控訴人の右値上げは価格協定とは無関係になされた同社独自の値上げとみることはできず、本件価格協定に沿つた値上げであると認めるのが相当である。

それゆえ同被控訴人は少くとも本件価格協定中、ジェット燃料油、ガソリンを除くその余の油種に関する部分につきこれに関与していたものというべく、同被控訴人の右主張は理由がない。

4本件各値上げの実施

(一)  被控訴人日本石油

<証拠>によれば、右各値上げ協定の成立後、同被控訴会社の常務取締役(営業担当)の岡田一幸が販売部に協定内容を伝えて値上げの実施を指示し、販売部では電話、テレックスなどで各支店に協定内容に沿つた値上げの実施を指示するとともに直売部にも同様値上げの実施を指示し、支店等では直ちに特約店等にその旨通告して値上げ交渉を行なつた事実が認められ、これに反する証拠はない。

(二)  被控訴人出光興産

<証拠>によれば、同被控訴会社では、右各値上げ協定の成立後、常務取締役兼販売部長の斎藤純一が協定内容を同社三部会、重役会に説明して了承を得たうえで、販売部次長らに値上げの実施を指示し、同次長らが電話等で各支店に協定内容に沿つた値上げを指示し、各支店では販売店に値上げを通知し、その実現に努めたこと、但し四八年一月及び二月の値上げの際、灯油については市況の関係から仙台支店を含む数支店を除く多くの支店が指示どおりの値上げ通知を販売店に出さなかつたこと、なお四八年一〇月の値上げの際には、同被控訴会社は民生用灯油について新たな値上げの指示はしなかつたことの各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(三)  被控訴人共同石油

<証拠>によれば、右各値上げ協定の成立後、同被控訴会社専務取締役(販売担当)井上清は、松井販売部長らに対し、値上げの実施を命じ、同部長は、支店長会議の席上あるいは電話連絡等の方法により直売部、各支店に協定内容に沿つた値上げを指示し、各支店等は特約店等に値上げを通知し、値上げの実現に努めたこと、なお四八年一、二月の値上げの際、白灯油についての指示状況は前記認定のとおりであるが、同年一〇月の値上げの際、民生用灯油については値上げを見合わせるが、その内容を分析し、ビル暖房等事業用と目されるものについては、工業用灯油と同様一〇月から一〇〇〇円の値上げを実施するようにとの指示を与えたことの各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(四)  被控訴人シェル石油

<証拠>によれば、右の各値上げ協定成立後(但し四八年一月及び二月の値上げの場合において、灯油については後記のとおり。)、同被控訴会社常務取締役(販売担当)説田長彦は上司に右協定内容を報告のうえ、自ら各支店にテレックス等で協定内容に従つた値上げの実施を行なうよう指示し、各支店ではこれに基づいて特約店にその旨通知し、値上げの実現に努めたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

もつとも<証拠>によれば、同被控訴会社では四八年一月及び二月の値上げの際、(白)灯油については、説田が各支店に対し、はじめ別途指示する旨の通知を発して後、大江製品部長が各支店に対し具体的な販売目標価格を指示したことが認められるけれども、前掲甲第一三七号証(同号証に添付の一覧表)によれば、大江製品部長が各支店に指示した灯油の販売目標価格は四八年一月が一万〇八八一円で前月より二円、同年二月が一万〇四四三円で前月より四三八円いずれも低くなつていることが認められ、他に右協定に従い値上げが実施されたことを認めるに足りる証拠はないから、同年一月及び二月の灯油の値上げは実施されなかつたと認めるのが相当である。

(五)  被控訴人丸善石油

<証拠>によれば、右各値上げ協定の成立後、同被控訴会社専務取締役石渡健二、取締役兼営業本部長泉純吉が営業企画部に協定内容を連絡し、同部で値上げ方針を樹てたうえ(なお市況と同社の実勢価格をにらみ合わせ、値引き、販売奨励金等の方法で可及的値上げ実現を図ることにした。)、販売実施面を担当する販売部、直売部に協定に基づく値上げの実施を指示し、販売部では各支店に右値上げを指示し、各支店等では特約店等に対しその旨通知して値上げの実現に努めたこと、なお四八年一〇月の値上げの際には、同社では通産省の民生用灯油に対する価格抑制の意向を察知し、先取り値上げ(実質的には同年八月値上げ未達成分の完全実施である。)に努めたことの各事実が認められる。<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(六)  被控訴人三菱石油

<証拠>によれば、右各値上げ協定成立後、同被控訴会社常務取締役(販売担当)武信光は、米倉豊販売部長に協定内容を伝えて値上げの実施を指示し、同部長は各支店に対し電話等で協定内容に沿つた値上げをするよう指示し、これを受けて各支店では特約店に値上げを通知し、その実現に努めたことが認められ、これに反する証拠はない。

(七)  被控訴人ゼネラル石油

<証拠>によれば、右各値上げ協定成立後、同被控訴会社常務取締役(販売等担当)榎本喜好は富木勇販売部長に協定内容を伝えて値上げの実施を指示し、同部長は支店長会議の席上、文書等で各支店、直売部に協定内容に沿つた値上げの実施を指示し、各支店等は特約店等に値上げ通知をして、その実現に努めたこと、なお四八年一月の値上げの際、民生用灯油については四七年九月価格比で一五〇〇円の値上げを指示し、同年二月の値上げの際、灯油については同年一月の価格比で五〇〇円の値上げを指示していることの各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(八)  被控訴人大協石油

<証拠>によれば、右各値上げ協定成立後、同被控訴会社専務取締役愛知良一、取締役橘田孝重は、酒井業務部長に協定内容を伝え、業務部に具体的な実施方策を検討させたうえ、支店長会議の席上等で右協定に基づく値上げを指示し、各支店では特約店に値上げを通知し、その実現に努めたことが認められる。甲第九一号証は右認定を覆えすに足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(九)  被控訴人昭和石油

<証拠>によれば、右各値上げ協定成立の後、同被控訴会社常務取締役早山弘が、販売第一部長の武田文雄に右協定内容を伝え、同部長は支店長会議の席などで、協定内容に沿つた値上げを指示し、各支店は特約店に値上げを通知し、その実現に努力したこと、なお四八年一〇月の値上げの際、同社では各支店に対し民生用(家庭用)灯油について通産省の指導価格が出されているが、これに捉われる必要はないとして同年六月の価格比で一〇〇〇円(但し底値価格一万三〇〇〇円)の値上げを指示していることの各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一〇)  被控訴人キグナス石油

<証拠>によれば、右各値上げ協定成立の後、同被控訴会社常務取締役川副二郎が藤井営業部長に右協定の内容を伝え、同営業部長らは右協定内容に沿つた同社の値上げ方針を決定のうえ、テレックスなどの方法で各支店、営業所に値上げの実施を指示し、各支店等は値上げ実現に努めたこと、四八年一月以降の値上げに際しては、灯油(民生用灯油を含む。)につき一万二〇〇〇円を目標に、最低一万一〇〇〇円の値上げを実施するよう指示し、同年一〇月の値上げの際は、民生用灯油について同年六月価格比で一〇〇〇円の値上げを指示していることの各事実が認められる。<反証排斥略>、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一一)  被控訴人九州石油

<証拠>によれば、右各値上げ協定成立の後、同被控訴会社常務取締役(営業担当)大橋退助は、宮崎立巳販売部長に右協定内容を伝えてその実施を指示し、同部長らは本社特約店課、福岡支店に協定内容に沿つた値上げを指示し、右特約店課、福岡支店は口頭で、後日文書をもつて特約店に値上げを通知し、その実現に努力したこと、なお同被控訴会社では四八年八月値上げの場合を除き、民生用灯油については値上げの指示をしなかつたことの各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一二)  被控訴人太陽石油

<証拠>によれば、同被控訴人は四八年一月の場合を除いて、価格の会合で定まつた値上げ幅のほか市況等も斟酌して同社の値上げ案を作成し、これを販売先の前記四商社に提示してその承認を得て正式に同社の仕切価格と決定してその旨各支店に通知したこと、なお同社における白灯油の仕切価格(原審証人田村靖一の証言によれば、同社では四八年一二月まで家庭用、工業用の区別がなく、単に白灯油として取り扱われていたことが認められる。)は、四八年二月一日九一〇〇円から九四〇〇円(一キロリットル当り、以下同じ。)に、同年七月一日九三〇〇円から九六〇〇円に、同年八月一日九六〇〇円から九六八〇円に、同年九月一日九六八〇円から一万〇三三〇円に、同年一〇月一日一万〇三三〇円から一万二三三〇円に、同年一二月一日からは家庭用、業務用灯油が一万二〇〇〇円、工業用灯油が一万七〇〇〇円にそれぞれ改訂されていることが認められ、これに反する証拠はない。

5まとめ

(一)  昭和四八年一月及び二月の値上げ協定について

以上認定したところからすれば、四八年一月及び二月の値上げ協定はいわゆる民生用灯油を含む白灯油をもその対象としていたものということができる。被控訴人元売一二社中白灯油につき値上げを実施しない会社があつても協定の成立に影響を及ぼすものではないし、また他の元売会社と必ずしも歩調を同じくしない値動きのみられる会社の場合であつても、それだけの事実から直ちにそれが協定とは無関係になされた独自の値上げとすることはできない。

(二)  昭和四八年八月の値上げ協定について

右の協定もいわゆる民生用灯油を含む白灯油をもその対象とした石油製品の値上げ協定であつたことは前記認定のとおりであり、しかも前記のとおり被控訴人元売一二社はいずれも協定内容に沿つた値上げの実施をしたものである。

(三)  昭和四八年一〇月の値上げ協定について

右の協定は民生用灯油をもその対象として締結されたものであることは前記のとおりであるが、その値上げ幅は同年八月の値上げ協定と同一内容のものであるところ、前掲甲第五三号証、第六四号証によれば、右協定中民生用灯油に関する部分は八月値上げ協定の未達成分の完全実施という趣旨のものであることが認められる。

ところで民生用灯油の元売仕切価格が同年九月末の価格で凍結する指導がなされたにもかかわらず、被控訴人元売一二社の一部には同年一〇月以降においても各支店等に民生用灯油の値上げ指示をしている会社があるが、その指示内容も八月値上げ未達成分の完全実施というものであつたから、同年一〇月以降の値上げがなされたとしてもそれが当該被控訴会社独自の値上げであるとするいわれはなく、右も四八年一〇月の値上げ協定に基づき、同年八月値上げ未達成分の実施をなしたものであるとするのが相当である。

(四)  昭和四八年一二月の値上げ協定について

右協定が民生灯油をその対象とせず、工業用灯油のみをその対象としたことは前記のとおりである(小売価格に対する影響については後記のとおりである。)。

6独禁法三条(二条六項)該当性について

(一)  「事業活動の相互拘束」について

以上認定の事実によれば、被控訴人元売一二社は、相互に右各値上げ協定に従い、値上げを実施しようとの意思をもち、かつ他の被控訴人会社もこれに従い値上げを実施するものと判断して民生用灯油を含む石油製品を一定の幅で一斉に引き上げる旨の協定を締結したものであるところ、このような協定が締結された場合には各被控訴人会社の自由な事業活動が事実上相互に拘束される結果がもたらされるに至ることが明らかであるから、右協定の締結は「事業活動の相互拘束」の要件を充たすものと解すべきである。

なお相互拘束の性質が右のようなものである以上、協定内容の一部が実施に至らなかつたものであつても、それがため拘束状態がなかつたということはできない。

(二)  「公共の利益違反」について

独禁法二条六項にいう「公共の利益に反して」とは、原則としては同法の直接の保護法益である自由競争経済秩序に反することを指すが、現に行われた行為が形式上右に該当する行為であつても、右法益と当該行為によつて守られる利益とを比較衡量して「一般消費者の利益確保並びに国民経済の民主的で健全な発達の促進」という同法の究極の目的(同法一条参照)に実質的に反しない例外的な場合についてはこれを同法二条六項の規定にいう「不当な取引制限」から除外する趣旨と解すべきである(最高裁昭和五九年二月二四日第二小法廷判決、刑集三八巻四号一二八七頁参照)が、被控訴人元売一二社の本件各行為は、オペックによる原油の値上げを契機とした石油製品の値上げに際し、単に通産省の行なつた各製品の指導上限価格の設定(改定)に協力するにとどまらず、そのいずれの場合においても一定の時期に、一定の値上げ幅をもつて石油製品の一斉値上げをすべき旨合意し、かつこれを実施したものであつて、右各行為の目的やその及ぼす影響に鑑みれば、それがとうてい前記独禁法の究極の目的に反しないものとは認められないから、同条項にいう「公共の利益に反する」ものであることは明らかである。

(三)  「一定の取引分野における競争の実質的制限」について

被控訴人元売一二社の右各価格協定によりその自由な事業活動が事実上相互に拘束されたことは前記のとおりであるが、成立に争いのない甲第四八号証、乙第七二号証の三によれば、被控訴人元売一二社の我が国における販売シェアーの合計は四八年当時約八五パーセントであつたから、右各協定によつて白灯油ないし民生用灯油の市場における全体としての有効な販売競争が期待できない状態、すなわち競争の実質的制限をもたらしたものと認めることができる。

被控訴人シェル石油は、民生用灯油の元売仕切価格は通産省の行政指導により実質的に制限されていたから、民生用灯油にはもともと自由な市場は存在していなかつた旨主張するところ、通産省が白灯油につき特に民生対策上価格抑制指導を講じ、四六年二、三月における元売各社の価格水準が事実上の上限価格として機能していたことは前記のとおりであるけれども、右の範囲で自由な価格形成は可能であつた(実際にも元売会社間で価格競争が展開されていた。)から白灯油の販売分野においても一定の枠内とはいえ、価格競争が可能であつた。

同被控訴人の右主張はあたらない。

7  独禁法の適用除外の主張について

被控訴人元売一二社は、仮に通産省の行政指導に対する同被控訴人らの協力行為が外形上独禁法三条(二条六項)に該当するとしても右行為は生産調整の場合と同様の理由により独禁法の適用が除外される場合に該当し、同法違反とはならない旨主張する。

しかし石油事業が石油業法の枠内においてなお自由競争が可能であるので、自由競争の観念を容れる余地のないガス、電気事業と同一に論じられないものであることは生産調整に関する被控訴人石連の主張に対する判断で示したとおりであるし、また本件の場合被控訴人元売一二社が通産省の価格指導に協力しただけのものと認められないことは前記のとおりであるから、同被控訴人らの右主張は採用できない。

8超法規的違法性阻却事由の主張について

被控訴人元売一二社は、仮に通産省の行政指導に対する同被控訴人らの協力行為が外形上独禁法三条(二条六項)に該当するにしても、通産省の行政指導は国民全体のため必要不可欠な経済施策の実施であり、その実質において独禁法の目的に背馳するものではないから、これに協力した同被控訴人らの行為は結局法全体の精神に則り、違法性が阻却されるべきものである旨主張する。

しかしながら被控訴人元売一二社の本件行為が単に通産省の行政指導に協力しただけのものでないことは前記のとおりであるから、同被控訴人らの右主張はその前提を欠き採用できない。

六  被害者の範囲

被控訴人らは、アメリカの判例理論を援用して、独禁法違反を理由とする損害賠償請求訴訟における被害者とは、原則として取引市場において違反者と直接取引関係に立つ者をいい、特別な場合を除き一般消費者は被害者たり得ないから、一般消費者に過ぎない控訴人らは原告適格を欠く旨主張するが、右判例理論はアメリカにおける特殊な損害賠償請求制度の下で形成された法理であるから、直ちにこれを我が国の場合にあてはめることはできない。そもそも本件において控訴人らは被控訴人らの独禁法違反行為によつて損害を被つたことを理由として一般不法行為に基づき損害賠償を請求しているものであるところ、一般損害賠償請求訴訟においては加害者の行為によつて損害を被つたことを主張する者である限り、原告適格に欠けるものではないから、被控訴人らのこの点に関する主張は採用できない。

七  共同不法行為

1はじめに

控訴人らは、被控訴人石連が生産調整を行なうことにより石油製品の供給を統制下におき、品不足の状態を人為的に作り出して製品販売価格引上げの環境を醸成したうえで、被控訴人元売一二社が価格協定を締結して石油製品の元売仕切価格を引き上げ、これによつて小売価格の上昇がもたらされたものであるから、本件生産調整と価格協定は主観的にも客観的にも関連共同し、被控訴人らの各独禁法違反行為は共同不法行為に該当する旨主張する。

そこで以下各別に不法行為該当性につき判断する。

2被控訴人元売一二社の価格協定

(一)  違法性

独禁法は一般消費者の利益を確保し、かつ国民経済の民主的で健全な発達の促進を図ることをその究極の目的とし、右の目的を達成すべく原則として公正かつ自由な競争の妨げとなるカルテル等の行為を禁じているのであつて、これによつて一般消費者も間接的にではあるが、自由競争の下で形成された価格で商品を購入する利益を認められ、かつこれを保護されているのである。従つて一般消費者の右利益は単に同法によつて確保される自由競争の結果発生する反射的利益ではなく、法的に保護されている利益ということができる。

しかして本件価格協定は、当時合計約八五パーセントの販売シェアーを占めていた被控訴人元売一二社が石油製品の価格の引上げを目的に一斉に価格の引上げを行なつたもので、これにより石油製品販売市場において有効な販売競争を期待することがほとんど不可能な状態をもたらすものであるから、これは白灯油ないし民生用灯油販売市場における商品の直接の買手、ひいては最終需要者である一般消費者が公正かつ自由な競争によつて形成された価格で商品を購入する利益を侵害するおそれがあるものということができ、従つて一般不法行為における「権利侵害ないし違法性」の要件を充足する。

(二)  故意

一般不法行為における故意は、「客観的に違法とされる事実の発生の認識」があれば足りるのであつて、それが違法であるという違法性の認識を要しないものというべきである。

本件においては、被控訴人元売一二社は石油製品の販売価格の引上げを目的として価格協定を締結したもので、それが石油製品市場における有効な販売競争の制限をもたらすことを認識していたものであるから、同被控訴人らに故意のあることは明らかである。

(三)  因果関係

(1) 控訴人らは、被控訴人石連が生産調整を行なうことによつて石油製品価格引上げの環境を作り出したうえで、被控訴人元売一二社が価格協定を締結して白灯油ないし民生用灯油の元売仕切価格を引き上げることによつて小売価格の上昇を招いたものと主張する。

本件において、被控訴人らの右独禁法違反行為により控訴人らの被る損害とは被控訴人らの右違反行為に基づく元売仕切価格の引上げによつて上昇したものと認められる灯油の小売価格(現実購入価格)と右違反行為がなかつたならば存在したであろう灯油の小売価格(想定購入価格)との差額であると解するのが相当であるから、まず灯油の小売価格の上昇が元売仕切価格の引上げの結果もたらされたものであるかどうかについて検討する。

(2) 一般に不法行為訴訟の場合においては加害行為と損害発生との因果関係については被害者においてこれを主張、立証すべき責任があるが、もとより訴訟上の因果関係は法的評価としての因果関係の存否であるから、経験則に照らし、全証拠に基づいて特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明すれば足りる(最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決、民集二九巻九号一四一七頁参照)のであり、その立証の方法として具体的な数個の間接事実を立証し、これを前提として経験則による事実上の推定を通して右の因果関係を立証することも、もとより是認しうるところである。

本件は被控訴人元売一二社の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇との間の因果関係を問うものであるが、価格協定は本来自由であるべき商品取引市場において業者間の価格競争を制約し、商品価格の維持ないし引上げの効果をもたらす経済現象であり、価格協定に基づく元売仕切価格の引上げがあれば、二次卸店(特約店、副特約店等)は経営を圧迫されるため多少の時間的な遅れはあつても結局はこれを卸売価格に転嫁し、こうして価格転嫁が順次末端にまで及ぶのが通常の場合であり、価格協定はそのような効果を予定して締結されるものと考えられる。何故ならもし価格協定が流通の各段階に滲透して容易に末端にまで影響を及ぼすほどのものでないならば、特約店等の抵抗により協定による目標価格の実現が困難となり、協定の実効性が乏しいものとなるからで、成算なしの価格協定の締結は特殊な場合を除き無意味だからである。

ところで前掲甲第四八号証によれば、石油業界は本件当時元売会社から小売店に至る元売会社の系列化が他の業種にみられないほど進行していたことが認められ、右の状態を基盤として元売会社が傘下の特約店に対し価格の面で、その程度の強弱はともあれ、ある種の指導、介入をしていたものと推認されるところ、成立に争いのない甲第一二二号証(被控訴人キグナス石油下関営業所から特約店宛の「一〇月以降石油製品値上げの件」と題する文書)に、製品毎の仕切価格の値上げを実施するので、「小売価格の値上げ実施を御願い申し上げます。尚来年一月以降中間留分を中心として更に値上げを御願いせねばならぬ見通しにありますので、小売価格の引上げ幅は、これを十分に考慮して、実施下さる様御願い申し上げます。」との記載があることはその一端の顕われにほかならないし、通産省において四六年四月の一〇セント負担の行政指導以来国民生活安定の見地から特に白灯油への価格転嫁による一般消費者に対する影響を考慮し、強力な価格抑制政策をとつた経緯も右のような流通の実態を背景としたものと考えられる。その意味で「総理府統計局の調査による我が国主要都市における揮発油及び民生用灯油の小売価格の推移は、別表のとおり(本判決においては右別表の引用を省略する。)であるが、昭和四八年一月以降同四九年三月までのこれらの価格の上昇は、右審決において認定された被控訴人らの独禁法に違反する行為が一因であることは疑いないと考えられる。けだし、被控訴人らの販売する価格が上昇すれば、それを契機として、小売価格の引上げが行われることは、当時、石油製品販売業界において顕著な現象であつたからである。」との公取委の意見書(甲第二八号証)は業界の実情に通暁した専門機関の見解として傾聴に値するものというべきであろう。

以上諸般の事情を勘案し、被控訴人元売一二社の販売シェアーが当時約八五パーセントであつたことをも考慮して元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇との因果関係の主張、立証責任の分配について考えてみると、控訴人らにおいて

(ⅰ) 被控訴人元売一二社が価格協定に基づいて白灯油ないし民生用灯油の元売仕切価格を引き上げたこと

(ⅱ) その後右協定の影響の下にあると認められる時間的、場所的範囲内において控訴人らが右灯油を購入した小売店の小売価格が上昇していること

の二つの事実を主張、立証すれば、右の因果関係は事実上推定されるのであつて、被控訴人らとしては右推定を覆えすためには価格協定に基づく元売仕切価格の引上げ以外の他の原因によつて小売価格が上昇したものであることを立証しなければならないものと解するのが相当である。

そこで以下項を改めて被控訴人元売一二社の価格協定と控訴人らの損害との因果関係について判断する。

3被控訴人元売一二社の価格協定と控訴人らの損害との因果関係

(一)  鶴岡生協関係

(1) はじめに

<証拠>によれば、アポロ月山が被控訴人出光興産(仙台支店)から仕入れた白灯油を鶴岡生協に販売し、鶴岡生協はこれを同生協組合員に供給していたことが認められるが、同生協と組合員との関係は次のとおりである。

<証拠>によれば、生協(鶴岡生協)は一般消費者たる組合員の自発的な生活協同組織の発達を図り、その生活の安定と文化の向上を期することを目的として設立された団体で、その事業活動の一環として組合員に対し生活消費物資の供給を行なつているが、店舗を設け、かつ粗利益を計上したうえで、商品の売却を反覆的、継続的に行なつていることが認められるのであるから、生協はその本来の非営利性にかかわらず、右商品売却の面では小売店の性格を帯びているものということができるし、灯油の供給に関しても後に認定するように共同購入という特殊な方式を採つてはいるものの、これはひつ竟数量を揃えることにより有利な条件で商品の仕入れを行うための便法であつて、供給の対象が組合員に限定されるとしても、その性格は他の一般商品の場合と異なるものではなく、一方前掲証人宮内靖男の証言によれば、アポロ月山においても鶴岡生協をその直接の相手方として取引関係を結んでいることが認められるのであるから、鶴岡生協と組合員との関係は変則的ながら一般小売店と顧客との関係と解するのが相当である。そしてこの関係は灯油の供給につき後記の登録制が採用され灯油の取扱いが変わつた後においても基本的に変わりはないものと考えられる。

(2) 鶴岡生協における灯油の供給形態について

イ 四八年一〇月二〇日まで

<証拠>によれば、鶴岡生協はかねてよりアポロ月山との間に年間取引契約を結ぶことにより白灯油の供給を受けていたが、これに先き立つてあらかじめ組合員から購入数量につき予約を徴し、これを基礎としてアポロ月山との間に交渉をすすめ、灯油の年間販売数量卸売価格等の取引内容を決定していたこと、四七年一〇月一四日、鶴岡生協はアポロ月山との間に期間を同年九月二一日から四八年九月二〇日までとし、白灯油を三二〇〇ドラムまでは一ドラム(二〇〇リットル)当り配達料込みで二七〇〇円、三二〇〇ドラムを越え五〇〇〇ドラムまでは一ドラム当り配達料込みで二七六〇円で供給するなどを主な内容とする取引契約を締結したこと、そして予約をした組合員は予め生協から一一枚綴りの灯油券(一枚につき一八リットル一缶分の白灯油の供給を受けることができる。)を控訴人ら主張のとおり予約の時期により二七八〇円(一缶につき二五二円)から三〇八〇円(二八〇円)までの金額で購入しておき、右期間内は必要のつど灯油券と引き換えに白灯油の配達を受ける仕組みであつたが、右期間は四八年一〇月二〇日まで延長されたから予約した組合員はこの間灯油券を使用することにより同一の価格で白灯油の供給を受けることができたこと(この間現金供給価格は三回改訂されているが、灯油券については従前の価格が維持され、右購入の際代金の追加払を求められることがなかつた。)が認められ、これに反する証拠はない。

ロ 四八年一〇月二一日以降

<証拠>によれば、鶴岡生協は四八年三月下旬頃の灯油不足の経験に鑑み、同年七月頃から同年度下期の灯油の供給を確保すべくアポロ月山との交渉を始め、購入数量については四八年一〇月一日から四九年四月三〇日まで前年度の同期間を上廻る数量を確保し、最終的には四八年一一月四日付の覚書により四八年度越冬用灯油の取引内容を決定したのであるが、一方組合員に対しては灯油の登録制を採用し、同年九月頃までに需要期の購入予定数量を登録させたこと、この登録制度は登録をした組合員に対し登録数量に応じて灯油券を交付し、これと引き換えに白灯油を配達する仕組みであるが、予約制と異なり、予め代金の一括前払を受けるものではなく、現実配達分につき月毎にまとめて代金の支払を受けるというものであつたこと、そして鶴岡生協では灯油を同生協の運動商品として位置づけ、一般商品のように粗利益を計上することをやめ、仕入価格に実費(灯油取扱直接経費)のみを加算して、一缶(一八リットル)当り三六〇円と決定したこと、その後右価格は四九年一月一一日、一旦三八〇円に改訂されたが、同年二月一一日にもとの三六〇円に戻つたこと、なお右登録制採用後は灯油券によらない灯油の購入は認められなくなつたこと、以上の各事実が認められ、これに反する証拠はない。

(3) 四八年一月及び二月の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇について

まず被控訴人出光興産(仙台支店)のアポロ月山に対する元売仕切価格の推移について検討してみると、同被控訴人が右協定成立後、各支店に対し協定内容に沿つた白灯油の元売仕切価格の引上げを指示したことは前記認定のとおりであり、<証拠>によれば、同被控訴人(仙台支店)はアポロ月山に対する白灯油の元売仕切価格につき、それまで一キロリットル当り一万円であつたものを四八年一月一六日から一キロリットル当り一万〇五〇〇円、同年二月一日から一キロリットル当り一万一〇〇〇円、同年三月一日から一キロリットル当り一万一三〇〇円、同年四月一日から一キロリットル当り一万一八〇〇円にそれぞれ引き上げた事実が認められる。

被控訴人出光興産がアポロ月山に対して行なつた右元売仕切価格の引上げのうち、四八年一月一六日及び同年二月一日の分は、値上げ時期及び値上げ幅からみて明らかに右各協定に基づく値上げと認められる。

これに対し同年三月一日及び同年四月一日の値上げ分はその時期や値上げ金額に照らし、これが右の協定と関連のある値上げと認められるかどうか疑いがあるが、協定の定める時期や値上げ幅はあくまで平均的な目標であつて参加会社の個別的な事情如何によつては、協定内容と異なる時期あるいは協定内容を上廻わる値上げ幅をもつて値上げの実施を行なう事例も有り得ないわけではないから、反対の事情の認められない限り右も協定に基づく元売仕切価格の引上げと認めるのが相当である。

次に鶴岡生協の組合員に対する小売価格の上昇について検討すると、<証拠>によれば、同生協の組合員に対する小売価格は現金供給分については二八〇円(一八リットル当り、以下同じ。)であつたものが、四八年三月二一日三二〇円に、同年七月二一日には三五〇円にそれぞれ上昇したこと、一方予約分についてはもとの価格のまま据え置かれたことが認められ、これに反する証拠はない。

右小売価格の上昇のうち、まず四八年三月二一日の分についてはそれが前記元売仕切価格の値上げに時間的に近接した時点でなされているけれども、<証拠>によれば、鶴岡生協が四八年三月二一日に現金供給分に限つて小売価格の値上げをしたのは、アポロ月山の卸売価格が同年三月一六日以降予約分、現金購入分とも二四八円(一八リットル当り、以下同じ。)に引き上げられたことに加えて同生協が四八年三月の灯油不足発生の事態に対処すべく灯油の緊急導入等を図るにあたり、これに要する諸経費を賄う必要によるものであつたことが認められるところ、<証拠>によれば、右三月一六日の卸売価格の引上げはアポロ月山と鶴岡生協との間に交わされた年間取引契約上の取引条件による自動的改訂によるものであつて前記元売仕切価格の引上げとは無関係のものであることが認められるし、また前記元売仕切価格の引上げと灯油不足の打開策としての緊急導入等との間に関連性は認められないから、結局前記元売仕切価格の引上げと三月二一日の小売価格の上昇との間には相当因果関係はないといわなければならない。

これに対し七月二一日の分は前記元売仕切価格の引上げから相当の期間が経過して後のことではあるけれども、<証拠>によれば、アポロ月山では四八年一月から四月にかけて四回にわたり元売仕切価格を引き上げられ経営が圧迫されたため、鶴岡生協と交渉して現金供給分の白灯油に限り同年七月二一日以降卸売価格を二九七円に改訂したこと、そこで同生協でも右卸売価格の改訂に伴なう経費の増加を賄うべく七月二一日に現金供給分の小売価格を三五〇円に値上げしたことが認められ、これに反する証拠はない。

右事実からすれば、七月二一日の小売価格の上昇と前記価格協定に基づく元売仕切価格の引上げとの間には相当因果関係があるものということができる。

(4) 四八年八月の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇について

まず被控訴人出光興産が右協定成立後、各支店に対し協定内容に沿つた白灯油の元売仕切価格の引上げを指示したことは前記認定のとおりであり、<証拠>によれば、同被控訴人(仙台支店)はアポロ月山に対し同年八月一六日以降白灯油の元売仕切価格を一キロリットル当り一〇〇〇円引き上げる旨通知し、元売仕切価格は同日から一キロリットル当り一万二八〇〇円と改訂されたことが認められるところ、右元売仕切価格の引上げが、四八年八月の値上げ協定に基づくものであることは明らかである。

次に鶴岡生協の組合員に対する小売価格の推移についてみてみると、<証拠>によれば、前記元売仕切価格が引き上げられた同年八月一六日の後、鶴岡生協の小売価格は同年九月二一日に現金供給分がそれまでの三五〇円(一八リットル当り、以下同じ。)から三七〇円に値上げされ、同年一〇月二一日から同生協では現金供給を扱わず、登録分一本となつたが、これが三六〇円と決定された事実が認められ、これに反する証拠はない。

そこで鶴岡生協の右小売価格の改訂と前記元売仕切価格の引上げとの因果関係について考えてみると、

イ 四八年九月二一日の現金供給分の改訂(三七〇円価格)について

鶴岡生協では四八年九月二一日から現金供給分の小売価格をそれまでの三五〇円から三七〇円に値上げしているところ、右値上げが前記元売仕切価格の引上げ後まもない時期になされているけれども、<証拠>によれば、アポロ月山と鶴岡生協は四八年一〇月以降の灯油の販売数量、卸売価格等につき同年七月頃から交渉を開始したが、アポロ月山では右交渉にあたつた同会社鶴岡営業所長宮内靖男が鶴岡生協側に対し、同社では四八年一月から四月にかけての元売仕切価格の引上げによつて経営が圧迫されており、同社鶴岡営業所における生協関係の収支は同年一月以降赤字が続いていること、そのうえ同年八月一六日からまたもや元売仕切価格が引上げられたので、この苦境を打開するためには相当額の値上げをする必要がある旨強く主張し、一方生協側では同年春の灯油不足の経験から四八年度の需要期を乗り切るためにはまず量の確保を優先させるべきとの考えから右の要求を受け容れて、四八年一〇月一日以降アポロ月山から同生協に納入される灯油の価格を一リットル当り一五円二〇銭(納入価格一リットル当り一六円から一リットル当り八〇銭のリベートを差し引いたもの。)としたほかこれに灯油の配達経費を加え(この関係については後述する。)、アポロ月山の同生協に対する卸売価格は四八年一〇月一日に一八リットル当り三三三円に改訂された事実が認められるところ、当審における控訴人田村謙士本人尋問の結果によれば、同生協が卸売価格の改訂される前の右の時点で現金供給分の小売価格を値上げしたのは、近々卸売価格の改訂が行われることが予想されたため、いわば先取り値上げをしたものであることが認められ、結局九月二一日の時点ではいまだ値上げする必要のないのに値上げしたものであるから前記価格協定に基づく元売仕切価格の引上げと九月二一日の小売価格の上昇との間には相当因果関係はないものといわなければならないが、右のとおりアポロ月山から鶴岡生協に対する卸売価格は同年一〇月一日から引き上げられているので、鶴岡生協の右小売価格は一〇月一日以降右の卸売価格の引上げと関連性を有することになり、従つて同日以降右小売価格の上昇と前記価格協定に基づく元売仕切価格の引上げとの間には相当因果関係があるものということができる。

ロ 四八年一〇月二一日の三六〇円価格(登録分購入価格)について

鶴岡生協では同年一〇月二一日から灯油の購入につき登録制を採用し、組合員に対する灯油の小売価格を三六〇円(一八リットル当り、以下同じ。)に決定したことは前記認定のとおりである。

ところで同年一〇月二〇日までの小売価格のうち、現金供給分の小売価格は三七〇円であつたから、一見卸売価格の値上がりにもかかわらず、小売価格の値下げが行われたかの如くである。しかし原審並びに当審における控訴人田村謙士本人尋問の結果によれば、鶴岡生協では前需要期の経験に照らし、四八年度の需要期以降は組合員の必要とする灯油の全量を確保することは困難との判断から従来の予約制により得ず、これに代えて登録制を採用したものであり、右登録制は予め灯油の必要量を把握し、これを背景にできるだけ量の確保を図ることを目的とした灯油購入の仕組みであることが認められ、右登録制採用の経緯に照らせば、登録制は予約制に接続するものと解すべきものであるところ、前記のとおり予約分の小売価格は二八〇円以下であつたから、同年一〇月二一日からの三六〇円価格は実質的にみて小売価格の値上げにほかならない。

そして前掲控訴人田村謙士本人尋問の結果によれば、右三六〇円価格は原価、すなわち卸売価格に灯油関係直接経費のみを加算したものであることが認められるので、右小売価格の上昇と前記価格協定に基づく元売仕切価格の引上げとの間には相当因果関係があるものと認めるのが相当である。

なお<証拠>によれば、アポロ月山では鶴岡生協から納入価格一五円二〇銭とは別途に配達料三円三〇銭(一リットル当り)を徴し、この合計金額が一八円五〇銭(すなわち一八リットル当り三三三円)であつたことが認められるが、これは前記価格交渉の際アポロ月山では鶴岡生協に対し四八年一月以来の元売仕切価格の引上げによる経営の悪化を理由に従来アポロ月山が負担していた配達経費を同生協で負担するよう要求し、同生協では前記の事情からこの要求に応じたためであることが認められるのであつて、右の経緯に照らせば、鶴岡生協の負担することとなつた配達料は実質的にみて卸売価格の一部と解すべきであり、従つて前記小売価格の上昇が元売仕切価格とは無関係の配達経費の負担変更によるものであるということはできない。

(5) 四九年一月一一日の三八〇円価格について

<証拠>によれば、鶴岡生協の組合員に対する小売価格は、四九年一月一一日それまでの三六〇円から三八〇円に値上げされ、同年二月一日再びもとの三六〇円価格に復したことが認められ、これに反する証拠はない。

そこでまず右小売価格の上昇と四八年八月一六日の元売仕切価格の引上げとの関連性が考えられるのであるが、アポロ月山の鶴岡生協に対する卸売価格は四八年一〇月一日の引上げ以降さらに引上げがなされた事実については主張も立証もないうえ、前掲控訴人田村謙士本人尋問の結果によれば、右小売価格の改訂は同年度需要期に見込まれた品不足の対策費用の補填を目的としたもので、右元売仕切価格の引上げとは直接関係のないものであることが認められるから右小売価格の上昇と前記元売仕切価格の引上げとの間に相当因果関係を認めることはできない。

また四八年一〇月の価格協定との関連についても、被控訴人出光興産が四八年一〇月の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げを実施していないことは前記認定のとおりであるから、右小売価格の上昇との因果関係はそもそも問題とする余地がない。

(6) まとめ

そうすると鶴岡生協の小売価格の上昇分のうち、四八年一月及び二月の各価格協定に基づく被控訴人出光興産の元売仕切価格の引上げと相当因果関係のあるものは同年七月二一日の現金供給分についての三五〇円価格であり、同年八月の価格協定に基づく同被控訴人の元売仕切価格の引上げと相当因果関係のあるものは同年一〇月一日からの三七〇円価格と同月二一日からの三六〇円価格(登録分)とである。

(二)  一般小売店関係

(1) はじめに

被控訴人元売一二社以外のエッソ・スタンダード石油、モービル石油両社の製品が被控訴人元売一二社の製品とほぼ同じ時期に同じ値上げ幅で引き上げられていることは当事者間に争いがないが、右両社とも被控訴人石連の会員でありながら、本件価格協定に参加していないので、控訴人らの購入した白灯油がエッソ・スタンダード石油、モービル石油の製品であつた場合、被控訴人らはその引上げについても責任を負うべきかは問題である。

そこでこの点について考えてみると、被控訴人元売一二社が当時我が国における石油製品の販売につき約八五パーセントのシェアーを有していたことは前記認定のとおりであるから、特別の事情のない限り、価格協定に参加しなかつた他の元売業者もこれに同調して石油製品の値上げを行うことは自然の成行と考えられるうえ、<証拠>によれば、エッソ・スタンダード石油、モービル石油両会社とも被控訴人元売一二社と同様被控訴人石連の会員でありながら、その特殊な社内事情から本件価格協定には加わらなかつたが、本件値上げ案(価格協定内容)につき通産省の了承が得られるつど、直ちに両社に対し右協定内容すなわち値上げ対象となる油種のほか、値上げ時期、値上げ幅が連絡されていたことが認められ、これに反する証拠はなく、しかも前記のとおり両社において被控訴人元売一二社とほぼ同内容の値上げを実施していることからすれば、被控訴人元売一二社はエッソ・スタンダード石油、モービル石油とも同被控訴人らと同一歩調をとるべきことを期待して協定を締結し、さらにその行為を促すべく協定内容を伝え、一方両社ともこの元売一二社の動きを知つてこれと同一歩調をとつたものと認められ、従つてエッソ・スタンダード石油、モービル石油両社の製品の元売仕切価格の引上げはこれを実質的にみれば本件価格協定に基づいてなされたものということができる。

してみると控訴人らの購入した白灯油のうちに、エッソ・スタンダード石油、モービル石油の製品が含まれていたとしても、その小売価格の上昇が価格協定に基づく元売仕切価格の引上げによるものである限り、被控訴人らにその責任があるものというべきである。

(2) 四八年一月及び二月の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇について

被控訴人元売一二社が四七年一一月下旬頃の価格の会合で白灯油の元売仕切価格を四八年一月一日から四七年一〇月価格比で五〇〇円(一キロリットル当り、以下同じ。)引き上げる旨、四八年一月上旬頃の価格の会合で白灯油の元売仕切価格を同年二月一日から四七年一〇月価格比で一〇〇〇円引き上げる旨の各価格協定を締結し、被控訴人元売一二社においておおむね各支店、営業所等を通じて元売仕切価格の引上げを実施したことは前記認定のとおりであり、<証拠>によれば、白灯油の元売仕切価格(一キロリットル当り)の平均値(全国平均)が、四七年一〇月は一万〇八〇〇円、四八年一月は一万一二五二円、同年二月は一万一三八四円、同年三月は一万一五二九円となつており、四七年一〇月の価格を四八年一月ないし三月の各価格と対比してみると、同年一月で四五二円(一キロリットル当り、以下同じ。)、二月で五八四円、三月で七二九円といずれも上昇していることが認められる。

もつとも、右の通りその値上がり幅は必ずしも協定内容と一致しないが、前記のとおり被控訴人元売一二社中協定に従い値上げを実施しなかつた会社があったことのほかに<証拠>によれば、当時暖冬が影響して市況が軟弱であつたことが認められることから、協定内容どおりの値上げの結果がもたらされなかつたのは、値上げを実施した会社でも支店、営業所において市況に鑑みさほど積極的に協定内容に沿う値上げを推進しなかつたことに因るものと思われる。

従つて右白灯油の元売仕切価格の上昇は右各価格協定の実施によるものと認めるのが相当であり、結局、被控訴人元売一二社は数社を除き、四八年一月及び二月の価格協定に基づき白灯油の元売仕切価格の引上げをなしたことが明らかである。

次に小売価格の推移についてみてみると、<証拠>によると、山形市における四七年一月から四九年三月までの白灯油の小売価格の推移は原判決添付別表二〇のとおり(但し四八年一一月の価格は一八リットル当り四二八円と認める。)であることが認められるところ、山形市と地域的に近い鶴岡市及び山形県東田川郡内における小売価格もこれと近似する値動きを示していたものと推認され、右事実からすれば、右価格協定実施の時期をはさんで小売価格に顕著な上昇が認められるから、右地区の小売店における白灯油の小売価格が右価格協定の後に上昇したものと推認される。

してみると、右地区の小売店における白灯油の小売価格の上昇は、反証のない限り、前記一月及び二月の各価格協定に基づく元売仕切価格の引上げによつてもたらされたものと推定されるところ、全証拠をもつても右推定を覆えすに足りるだけの証拠はない。

(3) 四八年八月及び一〇月の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げと小売価格の上昇について

被控訴人元売一二社が四八年五月一四日の価格の会合で白灯油の元売仕切価格を同年七月一日から(その後八月一日からと変更)同年六月の価格比で一〇〇〇円(一キロリットル当り、以下同じ。)引き上げる旨の価格協定を締結し、各支店、営業所を通じて元売仕切価格の値上げを実施したこと、及び四八年九月上旬頃の価格の会合で、右協定内容の完全実施を目的として民生用灯油につき前同様の協定を締結したうえ、同年一〇月以降においても右価格協定に基づく元売仕切価格の値上げ指示をした会社の存することは前記認定のとおりである。

そして<証拠>によれば、白灯油(民生用灯油)の元売仕切価格の平均値(全国平均)が、四八年六月は一万一〇二四円、同年七月は一万一八一二円、同年八月は一万二三三六円、同年九月は一万二八九八円となつており、同年六月の価格を同年八月及び九月の価格と対比してみると、それぞれ一キロリットル当りで一三一二円、一八七四円上昇していることが認められる(このようにその平均値の差が価格協定の値上げ幅を上廻るのは、被控訴人元売一二社が白灯油については四六年二、三月の凍結指導価格を基準に値上げの了承を得たものと解し、価格の是正に努めたことによるものと推測される。そして右の凍結指導価格と対比してみれば、それぞれ一キロリットル当りで二五五円、八一七円の上昇ということになる。)。

従つて被控訴人元売一二社は四八年八月(及び一〇月)の価格協定に基づき白灯油(民生用灯油)の元売仕切価格の引上げをなしたことが明らかといわなければならない。

次に小売価格の推移についてみてみると、前掲乙第一七号証の八ないし一〇の各一、二によれば、山形市における白灯油の小売価格の推移は四七年一月から四九年三月までが前記別表二〇のとおりであり、また四九年四月が一八リットル当り四一八円であることが認められるところ、前同様鶴岡市及び山形県東田川郡内における小売価格もこれと近似する値動きを示していたものと推認されるうえ、<証拠>によれば、控訴人らの購入先である右地区の小売店のうちでも

(ⅰ) 三浦市郎商店(原判決添付損害計算書(一)整理番号三四五番山崎昭夫、同(二)整理番号一二五八番佐藤慶子関係)の小売価格(購入価格、以下同じ。)は四八年四月から七月までは三五〇円(一八リットル当り、以下同じ。)であつたが、同年一〇月には四二〇円の価格となつていること、

(ⅱ) 能登谷商店(同(一)整理番号三五八番加藤三弥関係)の小売価格は同年六月の段階で三七〇円であつたが、同年九月には四〇〇円、一一月には四五〇円となつていること、

(ⅲ) 荘内石油株式会社(同(二)整理番号一二六四番長南貞治、同一二六五番佐藤綾子関係)の小売価格は同年七月の段階で三五〇円であつたが、九月には四〇〇円の価格であること、

(ⅳ) 清野商店(同(二)一二七四番土岐美八重、同一二七六番佐藤みや、同一二七七番佐藤竹治、同一二八六番佐藤久美関係)の小売価格は同年五月の段階で三八〇円であつたが、九月には四〇五円の価格であること、

(ⅴ) 土岐俊雄商店(同(二)整理番号一二七五番佐藤花、同一二七九番志田小春関係)の小売価格は同年五月の段階で三六〇円であつたが、一一月には三七八円の価格であること、

(ⅵ) 冨樫幸治商店(同(一)整理番号三六〇番佐藤昇、同三六二番佐藤実、同三六三番北村政美、同三六四番池田省吾、同三六六番山田文雄、同三六七番進藤正俊関係)の小売価格は同年六月の段階で三二四円であつたが、九月には四〇五円の価格であること

が認められるのであるから、以上の事実を考え併わせれば、右地区の小売店における白灯油の小売価格は本件価格協定の実施の後上昇しているものと推認できる。

ただ鶴岡市農協(同(一)整理番号三五三番若木由吉、三五四番武田寅次郎、三五五番斉藤富雄、同(二)整理番号一二八五番鈴木保、一二七八番菅原頴関係)の小売価格は四八年九月から四九年三月まで三五一円と一定していたことが認められるところ、それ以前における小売価格が幾許か証拠上明らかではない(右三五一円という価格自体山形市における平均小売価格を下廻つている。)ので、右の小売価格と四八年八月の価格協定との関連を明らかにすることはできない。

以上の次第であるから、右地区の小売店(同農協関係を除く。)における白灯油の小売価格の上昇は反証のない限り、前記八月及び一〇月の各価格協定に基づく元売仕切価格の引上げによつてもたらされたものと推定されるところ、全証拠をもつても右推定を覆えすに足りるだけの証拠はない。

(4) 四八年一二月の価格協定の影響について

四八年一二月の価格協定が白灯油については民生用灯油を除き工業用灯油をその対象として締結されたものであることは前記のとおりである。

控訴人らは、右協定は工業用灯油をその対象としているが、それは表面上のことで真実は灯油全体を協定の対象としたものである旨主張するが、右主張事実を認めさせるに足りる証拠はない。

また控訴人らは工業用灯油だけが価格協定の対象であるにしても、工業用灯油について行なわれた価格協定の効果は工業用灯油と民生用灯油との等質性を媒介として必然的に民生用灯油に及び、民生用灯油の価格引上げをもたらすものであり、このことは被控訴人元売一二社において予測し、又は予見し得たものである旨主張する。

なるほど民生用灯油と工業用灯油とは品質、外観とも全く同一ではあるが、両者は用途と販売経路を異にするから、工業用灯油に関する価格協定の効果が必然的に民生用灯油の価格に影響を及ぼすものとはいえないし、また本件記録上流通段階において両者が流用された事実を窺わせる証拠が散見されるけれども、右の証拠だけから一般的に両者の流用がなされていたものと認めることができないのはもちろん、流用によつて控訴人らの購入した灯油の小売価格が上昇した事実を認めることはできない。

4被控訴人石油連盟の生産調整

(一)  違法性

独禁法が間接的ながらも一般消費者が自由市場において形成された価格で商品を購入する利益を保護していることは前記のとおりである。しかして本件各生産調整は、沖縄県を除く国内の原油処理量の九七パーセント余を占める被控訴人石連加盟の石油精製会社二四社及びアジア共石に対する一般内需用輸入原油処理量の総枠を決定し、これを一定の比率により五グループ及び九社に配分するものであるところ、被控訴人石連は市況対策を目的としてこれを行なつたものであり、かつこれにより沖縄県を除く国内における全体としての石油製品販売市場において元売業者間の各石油製品に関する販売競争を減少させ、有効な競争を期待することがほとんど不可能な状態をもたらすものであるから、白灯油ないし民生用灯油を含む石油製品販売市場における商品の直接の買手ひいては最終需要者である一般消費者が公正かつ自由な競争によつて形成された価格で商品を購入する利益を侵害するおそれがあるものということができ、従つて一般不法行為における「権利侵害ないし違法性」の要件を充足する。

(二)  故意

一般不法行為における故意の内容については、前記のとおりである。

本件においては被控訴人石連(直接には需給常任)は、市況対策を目的として生産調整を行なつたもので、それが石油製品販売市場における有効な販売競争を制限するに至ることを認識していたのであるから、故意の存在は明らかである。

(三)  因果関係

控訴人らは、被控訴人石連が生産調整を行なうことによつて被控訴人元売一二社の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げを容易にさせ、右価格協定と相俟つて灯油の小売価格を上昇させ、控訴人らに前記損害を生ぜしめたものである旨主張する。そこで以下被控訴人石連の行なつた生産調整と控訴人らの損害との因果関係について検討する。

(1) 昭和四七年度下期の生産調整

被控訴人石連が四七年度下期における同被控訴人加盟の五グループ及び九社の一般内需用輸入原油処理総量及び配分を原判決別表一のとおりとし、生産調整をしたことは前記認定のとおりである。

そして<証拠>によれば、四六年一月から四八年一二月までの灯油の生産、輸出入、販売、在庫の実績は、原判決添付別表二八のとおりであることが認められ、右実績の示すところによれば、四八年一月ないし三月期における灯油の在庫合計は、四六年及び四七年の同期に比べて減少し、特に四八年三月の在庫量は一〇八万一三二四キロリットルで過去三年間の月別在庫量中、最低の数値を記録していることが明らかである。

しかしながら本件生産調整が精製会社の原油処理量の制限をその内容とするものであつて、各油種別にその生産数量を制限するものではなく、従つて精製会社が期中における需給事情等に鑑み、その割当数量の範囲内において原油の種類、得率の変更等の方法によつて特定油種の増産を図ることはある程度可能であるから、生産調整それ自体直ちに灯油の生産量ひいてはその在庫量を左右するものとはいえないし、同別表二八によれば、四八年一月ないし三月期における灯油の販売量の実績が四六年及び四七年の同期と比較して相当増加していることが認められることのほか、<証拠>によれば、公害問題の発生以来産業用、火力発電用、ビル空調用熱源として使用されていたB、C重油から含有硫黄分のより少ないA重油への需要転換が生じ、四七年七月の四日市公害訴訟判決の影響や同年一〇月の大気汚染防止法の改正によつて燃料規制(含有硫黄分の上限規制)が強化されるとともに、燃料として灯油の使用を推奨する指導方針が打ち出されたことなどから、A重油からさらに含有硫黄分の少ない灯油への需要転換が生じ、四八年三月以降(白)灯油の工業用燃料としての需要の伸びが顕著となつたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、右の事実からすれば、前記在庫量の減少が本件生産調整によつて直接もたらされたものということはできない。

次に<証拠>によれば、四八年春頃、北海道、東北地方において灯油不足の状態が発生した事実が認められるところ、控訴人らは四八年春頃の灯油不足の状態は全国的規模で発生したものであつて、これは本件生産調整によつて惹起された現象である旨主張する。

<証拠>によれば四八年春頃北海道、東北地方を中心に関東、関西地方にまで灯油不足の状態が発生したことが認められる。しかしながら<証拠>によれば、四八年三月末における前記灯油在庫量は不需要期に向かつての在庫量として決して不足ではなかつたことが認められるのみならず、<証拠>によれば、石油製品の輸送は貨車輸送に大きく依存するものであるところ、四八年一月二〇日から六日間にわたつて行なわれた貨物関係を中心とする国労東京地本の順法闘争を皮切りに、二月八日から一〇日にかけ国鉄、動労のいわゆるスト権ストが行われ、三月五日から二波にわたり二週間に及ぶ国労、動労の順法闘争が組まれるなど相次ぐ争議行為とその後遺症によつて石油製品の輸送に大幅な乱れが生じ、これがため製品流通が著しく阻害されたこと、そのうえ同年一、二月は暖冬気味に推移していたが、三月に入り六日、一六日、二六日を中心に周期的な寒波が襲来したことが認められ、これに反する証拠はない。右事実からすれば、四八年春頃の灯油不足は国鉄、動労の争議行為及びその後遺症によつて、又はこれに戻り寒波という気象条件が重なつて灯油の需給関係が逼迫したことにより生じたものと認めるのが相当で、灯油不足の発生をもつて本件生産調整と直結するのは早計と考える。

さらに<証拠>によれば、鶴岡生協に対するアポロ月山からの灯油の供給は四八年三月二三日限りで停止され、三月二九日の供給再開まで灯油の供給が跡絶えたこと、そこでこの間同生協では職員が灯油を入手すべく各地を奔走して新潟、秋田県下の同業者等から灯油の分譲を受け急場を凌いだことが認められる。しかし<証拠>によれば、鶴岡生協では被控訴人出光興産本社との直接交渉によつてアポロ月山を通して一〇〇キロリットルの供給を受けることの約束を取りつけ、供給再開後計一二キロリットルを受け取つたが、四月二日にはアポロ月山鶴岡西給油所のタンクが満杯であることから配送された一〇キロリットルの灯油の受け入れができず、同年夏頃までかかつてようやく右約束数量の引取りを終了したという事実が認められ、これに反する証拠はない。そして<証拠>によれば、アポロ月山の仕入先である被控訴人出光興産は計画出荷の販売方針をとり、また鶴岡生協に対する灯油の供給量については前年実績並みの数量が予定されていたこと、一方灯油不足のため従来他の販売店から購入していた一般消費者が灯油を需めて同生協に加入した例も少なくないことが認められ、右事実からすれば、鶴岡生協における一時的な灯油不足はこれによる需給バランスの乱れに因るものと認めるのが相当である。

以上の次第であるから被控訴人石連のなした四七年度下期の生産調整が被控訴人元売一二社の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げを容易にさせ、従つて元売一二社の価格協定と相俟つて灯油の小売価格を上昇させ、控訴人らにその主張のような損害を生じさせたものと認めることはできない。

よつて被控訴人石連の右生産調整と控訴人らの損害との間に因果関係はないものといわなければならない。

(2) 昭和四八年度上期の生産調整

被控訴人石連が四八年度上期における同被控訴人加盟の五グループ及び九社の一般内需用輸入原油の処理総量及び配分を原判決別表二のとおりとし、生産調整をしたことは前記認定のとおりである。

しかしながら<証拠>によれば、

イ 通産省は四八年三月下旬同年度の石油供給計画を策定のうえ、これを告示した。

ロ 我が国の経済は四六年八月のいわゆるドルショックの影響により停滞気味であつたが、四八年初め頃から立ち直りを見せ、急速な景気回復の足取りを示して石油製品に対する産業界の需要が増加傾向にあつたうえ、公害規制に伴う需要転換により灯油を含む中間留分が公害対策燃料として大量に消費されることも予想されるに至つた。

ハ そこで通産省は、当初の石油供給計画では、右状況に対応し切れなくなるものと判断して、実際の需要の増加に対処すべく、被控訴人石連を通じて石油業界に石油製品の増産を要請した。

ニ 被控訴人石連は通産省の右要請をうけて、各精製会社から四半期毎の生産計画を提出させ、あるいは出荷実績などの情報を集めたりして通産省担当官と連絡をとり合う一方、各精製会社をして特に需要の旺盛な中間留分の増産に努めさせたうえ、同年四月には各社の従来の生産計画に対し約一八〇万キロリットルの原油の増処理を、同年六月には約五〇〇万キロリットル、同年八月には約二〇〇万キロリットルの原油の増処理を行わせた。

ホ 右の結果、灯油の同年九月末の在庫量は約五五〇万九〇〇〇キロリットル(前年同時期は約三八一万一〇〇〇キロリットル)となつたが、これは当初の同年度石油供給計画における四八年九月末の在庫量三七五万五〇〇〇キロリットルを大幅に上廻るものであつて、需要期に向けての備蓄量としても十分なものであつた

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすれば、四八年度上期の生産調整はその実施の段階で精製会社が通産省の石油製品の増産要請に従い、原油の増処理に努めたことで、ほとんど無為に帰したものと認めるのが相当である。

してみると同被控訴人のなした四八年度上期の生産調整が被控訴人元売一二社の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げを容易にさせ、従つて被控訴人元売一二社の価格協定と相俟つて灯油の小売価格を上昇させ、控訴人らにその主張のような損害を生じさせたものと認めることはできない。

よつて被控訴人石連の右生産調整と控訴人らの損害との間に因果関係はないものといわなければならない。

(3) 昭和四八年一〇月及び同年度下期の生産調整

被控訴人石連が暫定的に四八年一〇月の原油処理量の各社配分を原判決別表三のとおりと定め、その後同年度下期における五グループ及び九社の一般内需用輸入原油の処理量及びその配分を同別表四のとおりと定めたことは前記認定のとおりである。

しかしながら前記四の4(四八年一〇月分及び同年度下期の生産調整について)で認定した事実からすれば、四八年度下期はいわゆる石油危機の発生によつて生産調整実施の意義が消失するに至つたのみならず、これに対処すべく通産省の積極的な指導が行われたため生産調整は棚上げの状態となつたと認めるのが相当である。

もつとも<証拠>によれば四八年一二月頃鶴岡生協において灯油不足の状態が生じたことが認められるけれども、これは石油危機という特殊事情に起因するものと考えられるから、前記認定の妨げとはならない。

なお被控訴人石連が四八年一〇月分の原油処理量を暫定的に制限する旨の決定をしたことは前記のとおりであるが、たとい精製各社が右配分決定どおりの原油処理をなしたとしても、前認定のように四八年九月末には需要期に向けて十分な備蓄がなされていたのであるから、右一時期における原油処理量の制限とその実施が当時の灯油の需給関係に格別の影響を与えたものとみるのは困難である。

してみると被控訴人石連のなした四八年一〇月及び四八年度下期の生産調整が被控訴人元売一二社の価格協定に基づく元売仕切価格の引上げを容易にさせ、これと相俟つて灯油の小売価格を上昇させ、控訴人らにその主張のような損害を与えたものと認めることはできない。

よつて被控訴人石連の右各生産調整と控訴人らの損害との間に因果関係はないものといわなければならない。

八  損害

1はじめに

そこですすんで控訴人らの被つた損害ないし損害額について検討するに、控訴人らは被控訴人元売一二社の独禁法違反行為によつて公正かつ自由な競争の下で形成された価格により商品(白灯油)を購入する利益を侵害されたものであるから、控訴人らの被つた損害とは現実購入価格と価格協定がなければ形成されたであろう価格(想定購入価格)との差額であることは前記のとおりであつて、従つて被控訴人元売一二社はその差額を損害額として控訴人らに賠償すべきものといわなければならない。

2この場合右の想定購入価格がいかほどであるかは再現の不可能な歴史的事象に属し、しかも市場価格は経済的、社会的、自然的な諸要因が複雑に絡み合つて形成されるものであるだけに理論上的確な数値を求めることは事実上不可能に近い事柄である。しかし不法行為における損害賠償は加害行為によつて発生した損害の公平な負担を図ることを本旨とするものであるから、具体的な事案に即した合理的な算定方法を見出して損害額の把握に努めるべきである。

(1)  その算定方法としてまず考えられるのは商品(白灯油)の原価を基準としてその価格を推計する方法である。しかし<証拠>によれば、石油製品はいわゆる連産品であるから、石油製品全体の価格はあつても製品別の原価はなく、かつ製品別の原価を算定する方法もないこと、そして各製品の実際の販売価格は一般には全製品を総合して全体としての採算がとれるように時々の需給事情や我が国の経済政策、物価対策等を考慮した各会社独自の価格政策によつて定められていることが認められるのであるから、原価を基準としてその価格を推計する方法にはより得ない。なお、被控訴人元売一二社の主張する売価還元による等価比率配分方式は製品全体の原価を市場性に応じて各製品に配分するものでそれなりの理由は認められるものの、これはあくまで会計処理上の一つの便法に過ぎないから、この方式から導かれる数値が各製品の原価として販売価格を決定する基準となるものではない。

(2)  次に協定の影響を受けない元売会社の同種製品が存在すれば、それは正常な競争価格といえるからこれをもつて想定購入価格とすることができよう。しかし前記のとおり本件協定に参加しなかつたエッソ・スタンダード石油、モービル石油両社の各製品の価格とも事実上価格協定に基づく価格であるのみならず、当時我が国内において右協定の影響を受けない製品価格の存在を認めることができないのであるから、想定購入価格とするに適わしい競争価格は存在せず従つて右の方法にもより得ないものといわなければならない。

(3)  販売競争の激しい石油業界では仮に原価上昇等の値上がり要因があつたとしても、元売会社の個別的な判断と努力によつては容易に値上げをなし得ないのが実情であり、この実情に鑑みれば、価格変動(値上がり)要因があつたとしても価格協定の締結がない場合には通常価格協定直前の価格、より正確には価格協定の影響を受ける直前の元売仕切価格従つてまた小売価格がそのまま継続するものと考えられる。

そこで元売段階あるいは流通段階に顕著な値上がり要因があり、価格協定の締結がない場合でも具体的な値上げ時期及び値上げ幅の割合をもつて価格の上昇が確実に予測される如き特段の事情のない限りは価格協定直前の元売仕切価格をもつて想定元売仕切価格と、また価格協定直前の小売価格をもつて想定購入価格と解するのが相当である。

3よつて以下元売段階及び流通段階における価格変動要因とその価格への影響について検討する。

(一)  元売段階について

被控訴人元売一二社は、四七年度下期以降白灯油の元売仕切価格は原価的にも需給的にも値上がりする経済的必然性が存していたのであるから、これらの元売段階における価格変動要因を考慮すれば、たとえ本件価格協定がなかつたとしても白灯油の元売仕切価格は確実に引き上げられ、従つてまた小売価格も控訴人らの現実購入価格を下らなかつたことは明らかである旨主張するので、以下検討する。

(1) 原価面からの値上がり要因(経済的必然性)

<証拠>によれば、我が国では一般に原油を輸入しこれを精製して各石油製品を生産するものであるが、石油製品は精製による付加価値が低いところから製品の総合原価に占める原油価格の割合がきわめて大きいことが認められ、従つて一般に原油価格の値上げがあれば、これが石油製品価格引上げの要因となることは明らかであるところ、四八年一月一日以降テヘラン協定(インフレーション条項適用)による原油公示価格の値上げのほか、事業参加協定に基づく原油の値上がりや市況調整を理由とする原油の値上がりがあり、これに伴ない同年一月以降輸入原油CIF価格が逐次上昇の一途をたどつていたことは前記のとおりである。

しかしながら、一般に商品の価格は市場における競争のうちに形成されるものであるから、ある企業が市場支配力を有するなど特別な条件の存しない限り原価の上昇があつても、直ちに商品価格の値上がりに結びつくものではないし、また結果的にはそれが商品価格の値上げをもたらすものにしても、市場における商品の価格形成に至る過程は単純かつ一様ではない(前記認定のとおり価格協定が締結された場合においてすら、価格形成の過程は決して単純かつ一様ではなかつた。)のみならず、石油製品は連産品であるから、個々の製品の原価はなく、従つてコスト上昇の場合、その上昇分の製品への転嫁額を定める客観的基準はなく、各元売会社の価格政策によつてこれが決定されるものであることは前記のとおりであるから、仮に価格協定の締結なしに原価上昇を理由とする石油製品の値上げが現実に行われたものとしても、白灯油(民生用灯油)をはじめ各製品の値上げの有無及び時期さらには値上げ幅などを確定することができない。

被控訴人元売一二社は売価還元による等価比率配分方式を採用することによつて想定元売仕切価格の算定が可能である旨主張するけれども、それが現実の製品価格算定上有効な方式と言い難いことは前記のとおりであるから、右方式によつて元売仕切価格を想定することは相当ではない。

なお原価の上昇が直ちに石油製品の値上げをもたらすという意味で石油製品値上げの経済的必然性であるというならば、本来価格協定の締結自体無意味なものとなり兼ねない。

(2) 需給面からの値上がり要因(経済的必然性)

前記認定の事実と<証拠>によれば、四八年初め頃から需要の軽質化がすすんで、次第に白灯油の需要が増加し、不需要時期に入つた後の灯油の販売量は、同年四月一三〇万八〇三〇キロリットル、五月一〇六万八五四〇キロリットル、六月一〇〇万九七七六キロリットル、七月八九万三〇四四キロリットル、八月八七万〇〇七四キロリットル、九月一一〇万七五三六キロリットルと四六、四七年の同期に比しいずれも飛躍的に増加していることが認められ、これに反する証拠はない。

一般に需要の増加は供給量を一定とした場合、価格の上昇をもたらすものであることは需要供給の原則から明らかなことであるといわなければならないが、前記認定の事実(七の4の(三)の(2)、四八年度上期の生産調整)と<証拠>によれば、業界では四八年四月から八月にかけて通産省の指導の下に灯油の増産が行なわれ、その生産量が同年四月一七三万二二二六キロリットル、五月一五一万二七八三キロリットル、六月一六五万二一五二キロリットル、七月一九八万八七一二キロリットル、八月二〇九万〇二八四キロリットル、九月一八七万七一八五キロリットルであり、しかも在庫量が同年四月一四四万八四九六キロリットル、五月一八六万〇四七五キロリットル、六月二四八万七七九八キロリットル、七月三五六万七五九二キロリットル、八月四七六万五三三九キロリットル、九月五五〇万八八四一キロリットルと、生産量、在庫量とも前年及び前々年に比しいずれもかなりの増加を示していることが認められ、これに反する証拠はないのであるから、灯油の供給量ないし供給可能量が需要的に比例した形で伸びているものということができ、従つて前記経済原則は文字通りには働かないといわなければならない。

もつとも灯油の増産は原油処理量を増加させることにより、あるいは原油の種類を変更することによつてなされるものであるところ、原油処理量を増加させることによつて灯油の増産を図るものとすれば、前記のとおり石油製品は連産品であるから、同時に灯油以外の他の石油製品の増産をもたらす結果その備蓄費用の増大を招くし、また原油の種類の変更によつて同様の目的を達成しようとすれば、より高価な軽質原油の輸入をはかる必要があり、いずれにしてもコストの上昇につながるとの考え方も有り得るが、本件の場合四八年度上期において精製会社が中間留分の需要の増加傾向に対処すべく、各社の当初計画数量を上廻る増処理を行なつたことは前記のとおりであるが、右の増処理により灯油以外の他の石油製品の生産量が増え、そのために備蓄費用が嵩んだという事実を具体的に裏付ける証拠はなく、また<証拠>によれば、四八年初め頃からみられた需要の軽質化傾向が次第に顕著となつて白灯油に対する需要が増加した際、前記価格の会合で、白灯油の需要に対処するためには割高な軽質原油を輸入する必要があるが、この原油の軽質化を促進するうえで価格体系上低位にある中間留分の価格を是正すべきであるとのいわゆるインセンティーブコスト論が唱えられたことが認められるけれども、右は灯油を含む中間三品を中心とする石油製品の値上げの理由付けとなつたにとどまり、現実に精製会社が原油の種類を変更させることにより灯油の増産を図つたという事実を認めるに足りる証拠はない。なお灯油の増産は、前記方法の外に得率を変えることによつても可能であり、<証拠>によれば、四七年度下期において業界では通産省の要請に応じて得率を変更させることにより灯油の増産に努めた事実が認められるのであるから、業界では四七年度下期以降においても原油処理量を増加させる方法のほか、得率の変更によつて灯油を含む中間三品の生産量の増加に努めたものと推認される。以上の理由により右見解には左袒できない。

(3) 以上のとおりであつて、被控訴人元売一二社の主張する元売段階における販売価格値上がりの経済的必然性はいずれも価格上昇が前記の具体性をもつて確実に予測される特段の事情たり得ない。

また四八年秋以降四九年春にかけて、いわゆる狂乱物価と呼ばれる時期があり、この時期において一般消費生活物資が全般的に非常に値上がりしたことは公知の事実であり、これが前記認定のような原油価格の高騰をその主たる契機として生じた現象といわれていることから、当時元売段階に顕著な価格変動要因が存していないことは否めないけれども、被控訴人らの全立証によつてもなお白灯油はじめ各石油製品の価格上昇につぎ、具体的な時期及び値上げ幅の割合を定かにすることはできない。

そして他に元売仕切価格の引上げを相当とする顕著な価格変動要因の存在を認めるに足りる証拠はない。

なお通産省の設定した指導上限価格は、通産省における当時の価格指導の基本方針とその指導の経緯に照らせば、同省が業界における石油製品の値上げに際し、その定めた製品の値上げ幅につき十分検討を加えたうえで相当として承認を与えたという性質のものではないから、右上限価格の設定をもつて右にいう顕著な値上がり要因の存在と協定で定めた値上げ幅の相当性を示す証左とすることはできない。

(二)  流通段階について

被控訴人元売一二社は、流通段階、特に小売段階において、四七年度下期以降には需要の増大、諸物価の騰貴、人件費の大幅な増大、仕入価格の上昇、四八年一〇月以降には大量の仮需要の発生など諸種の価格上昇要因が現実に存在し、しかも四八年一一月の標準価格の設定までは自由市場が存在していたため、市場の競争原理に従つて価格上昇をみた旨主張する。

(1) 右のうち需要の軽質化による白灯油の需要の増加については、前記認定の事実に照らせば白灯油の需要の増加の実態はいわゆる工業用灯油に対する需要の増加に基づくものであつて、一般家庭用暖房熱源としての白灯油、すなわち民生用灯油(家庭用灯油)に対する需要の増加によるものではないから、流通段階(小売段階)における値上げを必然的にもたらす要因となるものではないし、仕入価格の引上げも結局元売仕切価格の引上げに起因するものであるところ、前記のとおり元売仕切価格の引上げをもたらす経済的必然性の認められない以上、右も同様流通段階(小売段階)における価格変動要因たり得ない。

(2) 次にインフレ傾向による諸物価の騰貴、春闘の影響による人件費の大幅な増大の点について考えてみるに、成立に争いのない乙第二〇号証の五、六の各一、二によれば、四六年以降消費者物価指数、卸売物価指数、名目賃金指数とも逐年上昇している事実が認められこれに反する証拠はなく、そして前掲乙第三五号証によれば、小売段階における経費の凡そ五〇パーセントが人件費で占められている事実が認められるのであるから、人件費の上昇は特に小売価格の上昇を直接もたらすものということができる。

しかしながら生協関係における本件取引の場合において人件費の上昇の有無及びその金額等を認めるに足りる証拠はないし、また<証拠>によれば、灯油販売業は零細な中小企業が多く、しかも季節商品であり、年間を通じて安定した取引がなく、他の製品に比べて取扱いが比較的容易であることなどから兼業、副業者が圧倒的に多いことが認められるのであるから、諸物価の騰貴、人件費の上昇を直ちに灯油関係経費にのみ結びつけるのは当を得ないし、かつその影響の程度も定かではない。

(3) <証拠>によれば、アポロ月山から鶴岡生協に対する四八年一〇月及び一一月の販売数量が前年同期に比較して著しく増加していることが認められるが、同年度下期と前年度下期とでは販売数量そのものが激増していることが認められるのであるから、右販売数量の増加の一事をもつて仮需要の発生と認めることはできないし、生協関係の取引の場合一時期における販売数量の増加が販売価格に影響を及ぼすことは有り得ない。また一般取引の場合における仮需要の発生が認められるにしても、その販売価格に与える具体的な影響の有無及びその大きさを認めさせるに足りる証拠はない。

(4) 以上の次第であるから被控訴人元売一二社の主張する流通(小売)段階における値上がり要因はいずれも価格上昇が前記の具体性をもつて確実に予測される特段の事情たり得ないし、他に小売価格の上昇を相当とする顕著や値上がり要因の存在を認めるに足りる証拠はない。

なお<証拠>によれば、通産省が四八年一一月二八日家庭用灯油の小売価格について一八リットル当り三八〇円(店頭渡し、容器代別)という指導上限価格を設定したことが認められ、しかも<証拠>によれば、右価格は通産省において全石商、全石協等の関係筋の意見を徴して設定されたものであることが認められるけれども、右は結局現状を是認したうえでの価格指導と考えられるから、右指導上限価格の設定も価格協定の存在しない場合における小売価格の相当性を示唆するものということはできない。

4損害額

右にみた如く被控訴人元売一二社の独禁法違反行為によつて控訴人らの被つた損害額は現実購入価格と価格協定直前価格(より正確にいえば、価格協定により影響を受ける直前の価格)との差額であるから、以下これを基準に個別的に控訴人らの被つた損害額について検討する。

(一)  鶴岡生協関係

(1) はじめに

<証拠>によれば、控訴人ら(但し選定者中、訴訟承継した人については被承継人)のうち、原判決添付損害計算書(一)の整理番号一ないし三四四(但し整理番号八八、一二五、一八〇、一九四、三一三を除く。)及び同損害計算書(二)の整理番号一ないし一二五六(但し整理番号一四、一三一、一九九、二〇七、二一二、四七四、五〇二、五一六、五六八、六七三、七八七、八七八、一〇〇一、一〇〇二を除く。)の人がその各人欄に記載のとおり鶴岡市内の鶴岡生協から白灯油を購入した事実が認められ、これに反する証拠はない(但し同損害計算書(一)の整理番号二七二控訴人金山喜久子関係分のうち同控訴人が三八〇円で六缶を購入したのは、「四九年二月」ではなく「同年一月」であるものと認める。)。

(2) 登録による購入分(四八年一〇月二一日以降の購入者)

前記のとおり登録購入は予約購入に連続するものであるから、登録購入者にとつて右にいう直前価格は二八〇円(一八リットル当り、以下同じ。)である。

そして登録購入の場合、流通段階に顕著な価格変動要因の存在は窺えないから、その購入価格三六〇円と二八〇円との差額八〇円がそのまま一缶(一八リットル)当りの損害額となる。

なお四九年一月から二月にかけての一時的な小売価格の上昇は、本件価格協定とは関連がないから、右価格中三六〇円を超える部分は損害額とはならない。

(3) 現金による購入分(四八年一〇月二〇日までの現金購入者)

前記のとおり本件価格協定によつて小売価格が上昇したのは四八年七月二一日のことであり、その価格は三五〇円であるから、現金購入者にとつて右にいう直前価格は三二〇円であるというべきである。

そして現金購入の場合においても、流通段階に顕著な価格変動要因の存在は窺えないから、その購入価格三五〇円と三二〇円との差額が一缶(一八リットル)当りの損害額となる。

また同年九月二一日における現金供給分の小売価格の上昇(三七〇円価格)は卸売価格の改訂のない同年九月三〇日の時点までは本件価格協定とは関連がないから、右価格中三五〇円を超える部分は損害額とはならないが、同年一〇月一日以降は卸売価格の改訂によつて右価格協定との関連が認められるのであるから、前同様その購入価格三七〇円と三二〇円との差額が一缶(一八リットル)当りの損害額となる。

(二)  一般小売店関係

(1) はじめに

<証拠>によれば、控訴人らのうち、前記損害計算書(一)整理番号三四五ないし三六八及び同損害計算書(二)整理番号一二五七ないし一二六二、一二六四ないし一二八六の人が四八年三月から四九年四月頃までの間に、その各人欄に記載のとおり鶴岡生協以外の鶴岡市あるいは山形県東田川郡内の石油小売店から白灯油を購入した事実が認められ、これに反する証拠はない。

(2) そして四八年一月の価格協定は、同年一月の段階において実施に移されているのであるから、同年一月の小売価格はすでに価格協定の影響を受けたものというべく、その四七年一二月当時の小売価格をもつて右にいう協定直前価格とするのが相当である。

ところで控訴人らの購入先における四七年一二月当時の小売価格が何程であつたかについてはこれを認めるべき直接の証拠はないが、当時の灯油事情に鑑みれば、特別の事情のない限りその小売価格は平均的なものであつたと推認されるところ、<証拠>によれば四七年一二月当時の山形市における白灯油の平均小売価格は二七八円であつたことが認められ、従つて山形市と距離的に近い鶴岡市や山形県東田川郡における四七年一二月当時の白灯油の平均小売価格は控訴人らの主張する二八〇円を越えないものと認められるから、これをもつて右の直前価格と認めるのが相当である。そして当時小売段階を含む流通段階に顕著な価格変動要因の存在は窺えないのであるから、原則として控訴人ら各自の現実購入価格と右直前価格との差額が一缶(一八リットル)当りの損害額である。なお四八年八月以降の小売価格は数次の価格協定により重畳的に形成されたものと解すべきであるから、右の場合と同様現実購入価格と右の直前価格との差額をもつて一缶(一八リットル)当りの損害額と認めて差支えない。

もつとも小売段階を含む流通段階にいわゆる便乗値上げと目される部分があるならば、右値上がり部分は被控訴人元売一二社の予測を越えた結果として、その部分は右差額から控除すべきである。

そして右小売価格を<証拠>によつて認められる当時の平均小売価格と対比し、もし右小売価格が右の平均小売価格を著しく越える場合であつて、その越えることにつき合理的な事由の窺えない限りにおいては小売段階を含む流通段階に便乗値上げがなされているものと推認される。

しかるところ、<証拠>によれば、前記損害計算書(一)整理番号三六五選定者横山和吉が四八年四月三〇日購入した三缶分(購入価格四八〇円、当時の右平均小売価格三七八円)、同損害計算書(二)整理番号一二六四選定者長南貞治が四八年五月三一日購入した四缶分(購入価格四八〇円、当時の右平均小売価格三九〇円)、同整理番号一二七一選定者武田八重が四八年一一月一九日購入した二缶分(購入価格五〇〇円、当時の右平均小売価格四二六円)、同整理番号一二七六選定者佐藤美弥が四九年三月一〇日購入した六缶分(購入価格五〇〇円の分、当時の右平均小売価格四三三円)、同整理番号一二八四遠藤雪が四八年九月二八日購入した二二缶分(購入価格五四〇円、当時の右平均小売価格三九五円)は、いずれも右購入時における平均小売価格に比し著しく高額であり、その高額であることにつき合理的な事情は窺えないから、右購入価格のうち平均小売価格を越える部分は小売段階を含む流通段階に便乗値上げがあつたものと認めるべく、従つて右部分は差額から控除されるべきである。

(三)  以上に基づき控訴人らが被つた損害額を個別的に算出すると別紙計算表その一、その二のとおりとなる。

九  むすび

よつて控訴人らの本訴請求は、被控訴人石連を除くその余の被控訴人らに対し、連帯して主文掲記の金員並びに右各金員に対する右被控訴人らに対する本件各訴状送達の翌日であることが記録上明らかな主文掲記の各日時から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当としてこれを認容すべく、同被控訴人らに対するその余の請求並びに被控訴人石連に対する請求は失当としてこれを棄却すべきものである。

してみると、被控訴人石連に対する請求を棄却した原判決は相当であつて、控訴人らの同被控訴人に対する本件控訴は理由がないからこれを棄却すべく、原判決中その余の被控訴人らに関する部分は相当でないから、原判決中右部分を主文第一項のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、九六条、九二条、九三条一項、八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(伊藤和男 武藤冬士己 武田多喜子)

別紙選定者目録<省略>

損害計算表その一<省略>

その二<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例